第十八話〈取り返しのつかぬ事態〉


 泰正は、英心の肉体の感触と温もりに、胸が熱くなり、煮えたぎるような情念がわきあがり、身を焦がす。


 ――これが……英心の、身体の感触、熱さ……!


 “そうだ。このままこいつの魂ごと食い尽くせ”


 ――英心の……身も心も……手に入れる……!


「泰正……?」


 “そうだ! 他の誰にも渡すな! この男はお前のものだ! 二度と手放すな!”


 ――他の、誰かの……そうだ……私は……!


「あああ……! ガアアアッ!」


 ――そうだ! 私は手に入れる! 英心を!


「泰正!」


 アア……愛しいモノの……声が、聞こえる……



 鬼の形相と化した泰正を見て、英心は術を駆使して、呪符を泰正に貼り付けた。

 泰正は呻き声を上げながら、尚も英心にしがみつこうとして、急激に伸びた爪を肌にくいこませようとしてくる。


 英心は、このまま術を行使すれば、泰正が鬼神と共に命を落とす事を分かっていた。


 ――だが、もし私が鬼憑きの泰正に殺されて、都に解き放たれれば、災いがもたらされてしまう……!


 英心は九字を切り、さまざまな呪文を唱え、泰正をおさえつける。


「ガアッアアアアッ」

「……泰正、許せ!」


 トドメをさすべく、力を込めた英心の脳裏には、泰正との思い出が蘇る――いつも、不機嫌そうな目を向けて、決して心を許さず、孤独な男であった。


 ――何故だ、泰正……私は、お前に何度も手を伸ばしたのに……!


 愛しい者がいるなら、守りたい存在がいるなら、何故、欲望に勝てなかった……!?


「英心さん! 駄目だ!」


「――!?」


 突然の大声に驚愕を隠せない英心だが、術をとめる事はできず、渾身の一撃を泰正に放った。


「ガアアアッ……!」


 泰正は絶叫して、その場に倒れ込む。

 鏡を手にした男子が、泰正に飛びつくようにして駆け寄った。


「泰正さん! そんな……どうして……!」

「……泰正」


 英心は、呆然として膝を折ると、身体を震わせた。

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