第八話〈隠せぬ愛しさ〉
英心と暮らし始めた泰正は、屋敷に閉じこもり気味で、退屈で仕方なかった。
ふと思いつき、式神の結縁を呼んだ。
颯爽と現れた彼女は、泰正に微笑み、何故か手を掴んできた。
「どうし――」
“声を出されないで下さい”
「!?」
脳内に響くのは、紛れもなく彼女の声である。
泰正は瞳を閉じて、意識を声に集中させた。
“私達は常に見張られております”
――やはりな。
いつも視線を浴びているような感覚がしたのは、やはり気のせいではなかった。
結縁は、英心が帝について調べている事を教えてくれた。
都が荒れた時、鬼に憑かれた者達についてである。
さらに結縁は、英心が泰正の身を案じており、暫くは屋敷に引きこもるようにと念を押してきた。
泰正は頷いて承知の意を示すと、結縁はそっと手を放して口を開く。
「安静にされてください」
「……だが、ずっと寝ているわけにもいかぬ。退屈でな」
「……退屈、ですか」
しばし考え込んだ後、彼女は顔を上げてある提案をしてきた。
それを聞いた泰正はとても不思議に思い、問うた。
「本当に喜ぶのか」
「ええ。宜しくお願いいたします」
丁寧にお辞儀をして去る式神に、泰正はどうにも納得できず、首を傾げた。
――久しぶりだが、うまくいくだろうか。
英心は見張りの目に注意しながら、陰陽師としての役目を果たす為、助けが必要な者達の元を回り、情報を集めていた。
特に、負の気配のする場はよく観察したが、手がかりとなりそうな物や事象は見つからず、ため息をつく。
――奴の屋敷を確かめるべきだが、いまはまずい。
己の屋敷の門の前にたどり着き、深呼吸をしてから中へと歩を進める。
何せ、泰正がいるのだ……何だか緊張してしまう。
「戻ったぞ……や…結縁……!」
「あらあら、泰正様を呼ばれれば良いのに」
ふわりと現れた結縁が英心に微笑み、わざとらしく手で彼の部屋の方向を示す。
英心は頬が熱くなるのを無視して、顔を背けて歩き出した。
後に続く結縁は小さな声で笑っているのが気になる。
泰正の部屋の前に着いた。
「泰正、開けるぞ」
一拍置くと、声をかけて襖を開ける。
髪を下ろし、直衣を着た彼は色っぽく見えて、息を呑んだ。
「英心、戻ったか」
「……?」
漂う甘い香りと、泰正が手に持つ品に戸惑いながらも、傍に歩みよった。
器に盛られているのは、菓子のようだ。
香ばしくて甘いニオイが鼻孔を刺激する。
――この、ニオイ……どこかで……?
泰正が視線を泳がせて小さな声を上げた。
「これは、その……結縁がお前に菓子を作れと……私が作れるのは、これくらいだからな」
「……菓子、菓子」
脳裏には清太呂との会話が蘇り、過去の記憶が蘇る。
英心の心に、まるで花が咲いたような震えが広がった。
「泰正、貰っても?」
「も、もちろん」
「お茶を煎れますね」
結縁がお茶を用意する間、英心は別室で着替え、食事をする準備を整えてから、泰正の元に戻る。
ちょうど結縁が茶を用意して下がる所だった。
英心は泰正に向かいあって座り、早速菓子に手を伸ばした。
やはり、餅をごま油であげたものである。
甘い汁がかかっている。
口に含むと、香ばしくて甘いニオイがいっぱいに広がり、舌の上にほどよく甘みが染み込む。
咀嚼するほど、あの時の記憶が蘇っていく。
――確かに、私は清太呂からこの菓子を土産に貰った……そうだ、この味だ……!
感激して思わず声を上げた。
「うまい!」
「……そ、そうか。良かった」
「……っ」
破顔した泰正にみとれてしまい、英心はあやうく汁を口からこぼしかけて、口元を手で拭おうとする。
サッと泰正が小さくて綺麗な布をさしだし、口元を拭ってくれたので、固まってしまう。
「汁がおお過ぎたかな」
「……っ」
――泰正……!
英心はたまらない気持ちになり、泰正の両肩を掴むと、顔を近づける。
泰正が目を見開いて硬直するのを見て、どうにか理性を働かせ……耳元にささやいた。
(あまり、目立つような振る舞いはせぬようにな)
しばしの間の後、泰正はゆっくりと頷き、英心は唇を引き結んで身体を離す。
心臓が落ち着かず、泰正をまともに見れなかった。
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