第六話〈道満の想い〉



 目を覚ました道満は、人の気配を感じて周囲を見渡した。

 月明かりに照らされた人影を見つけて、息を潜めて近寄ると、晴明が胸を上下させていた。

 道満は無意識に唾を飲み、顔を寄せていた。


 こんなに顔が近いのに、晴明は起きる気配はない。


 ――晴明……。


 道満の胸中に、熱い想いが満ちていく。

 何も考えられず、気づけば唇を重ね合わせていた。


 ――あつい、思うよりも柔らかい。


 唇を放したら、小さな音を立てて気恥ずかしさに目眩さえする。

 尻もちをついて慌てて寝床に滑り込んだ。

 ふと、この寝床に己を運んだのは、誰だと考えたら、眠れなくなった。


 夢と現をさまよう最中、いつのまにか朝を迎えており、ひどい空腹感に起き上がる事ができなかった。


 誰かに呼ばれて顔を向けると、晴明が苦笑しながら、身を屈めていた。


「晴明……」

「腹が鳴っているぞ、昨夜はすまなかったな、朝食にしよう」

「……あ? ああ」 


 やけに優しいなあと不思議に思いつつ、大人しく従う。

 晴明の後についていくと、すでに朝餉が用意されており、いますぐにかきこみたい衝動に駆られる。


「まあ、ゆっくり食べられよ」

「……頂く」


 恥ずかしくなり、晴明を見ぬよう、早速干物に箸をつけた。

 終始晴明の視線を感じて落ち着けなかったが、食はすすみ、平らげて満足したのだった。


 ※


 朝食を済ませた晴明は、式神に道満を見張るように命令してから、別室に作った鏡の間に足を踏み入れる。


 晴明とおなじ背丈の鏡は、異空間につながる扉だ。

 あちらと繋がってしまった以上、完全に閉じる術はなく、生涯、封じる術をかけると覚悟を決めていた。


 ――蓮は無事だろうか。


 蓮は久遠と共にいる筈だ。

 何事も無ければよいが……。

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