第八話〈三人暮らし〉
都を密かに抜け出た泰正は、目立たぬよう、庶民の姿で町中を歩いていた。
都中の掃除をしている式神達に正体を見破られぬ様、背中に札をつけて悠々と歩く。
目的地はある海辺の為、体力を温存しなくてはならない。
羅城門から都を出ると、一度たちどまり、振り返る。
先の事はわからぬ。
この身も果たしていつまで持つのかも。
――今はしばしお別れだ。
この心のまま、都で生きるのは間違っていると思う。
ついてくる二つの気配を感じて苦笑しつつ、旅路を歩いた。
都を離れて三月経った頃、漁村の人々ともようやく打ち解けられて、泰正も彼らの仕事を手伝う事に、生きがいを感じ始めていた。
海辺から程近い場所に借りた小屋に戻り、待ち人に声をかける。
「帰ったぞ、道満、久遠」
「お帰り~」
「久遠だけか、道満はどうした」
「知らなあい。また魚かぁ」
「文句をいうな」
貴重な食料だというのに……文句を飲み込み、焼くようにと促す。
久遠は仏頂面で魚を持っていった。
最近道満は、どこかに頻繁に出かけている。
村人が、怨霊に悩まされていたのを解決したのがきっかけで、すっかり頼りにされているようだ。
押しかけるようにして住み着いたあの二人との生活にも、やっと慣れた。
夕餉を囲む際、他愛もない会話を交わすようにもなった。
「久遠、お前はどうせ帝とつうじているのだろう。いや、佐々斬とか。道満もだろう。私の監視役に二人も要らぬぞ」
「何をいうか。己が犬のような真似なぞするものか!」
「道満は晴明にかまってほしかっただけだろ。僕にはわかる」
「ほざけ! 久遠、お前こそ蓮に構われたかっただけだろう!」
「はあ?」
なんとも賑やかな事だ。
心身共に落ち着けば、都に戻るべきかはわからない。
どの道、この肉体と魂は、鬼を呼んでしまう。
――無責任なのは自覚しているが、都から離れなければ、どんな災いを呼び込んでしまうか……こわかった。
思っていた通り、都から離れていれば、鬼や悪霊はとりつこうとはしない。
もともと陰陽師である泰正に、わざわざ取り憑こうとする物好きな異形は、なかなかいないのだ。
ふと道満を見やる。
例の鬼神を岩に封印していた事実と、泰正がときはなった件について、責めたい気持ちがあったが、今更話した所でどうなるわけもでもない。
次に久遠を見やるが、彼と蓮がどこから来たのかも、聞いた所で何ができるというわけではない。
――今は、平穏を味わおう。
口に含んだ酒が、とても美味に感じて、頬が緩んだ。
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