第九話〈恋文に戸惑う〉

 半年経った頃、ある人物が泰正を訪ねてきた。

 師匠の賀茂忠行である。

 道満と蓮も交えて話し込むと、ふいに師匠がこんな話を始めた。


「そろそろ都に戻らぬか。屋敷なら用意してある」


 まだ早いのでは……と、道満と久遠に目配せをするが、彼らは乗り気の様子だ。

 泰正も、英心の顔を見たいという欲はあったので、都に戻る決意をした。

 それに、都には晴明を中心とした陰陽師達により、改めて結界が張られたともあり、泰正が鬼を引き寄せる可能性は低くなったというのが、安心材料となった。


 屋敷は、英心の住処に近い場所に設けられていた。

 わざわざ三人の部屋は廊下を挟んで別れており、叫んでようやく声が届くほど距離を取られていた。


 引っ越しを手伝ってくれた、晴明の式神達にお礼を伝えて三人だけになった後、庭に降りて他愛もない会話を交わす。

 澄んだ空が、茜色に染まりゆく様に瞳を細める。


 ふと、久遠が小突くので目をやった。

 何故か耳打ちしてくるので、息を潜めて聞いてやる。


(どうした)

(覗かれてる)

(は?)


 道満も肩をすくめて視線を泳がせたので、先を追うと、確かに気配がしたのだ。

 門の外を見るべきか悩んだが、気配が消えた為、その日は深追いするのは止めた。

 翌日、出かける準備をしていたのだが、結局止めることにした。

 覗き見は今日もされていたのだ。


 ――これは困ったな。


 引っ越してから、晴明の式神以外は顔を出さないし、何かがおかしい。


 その夜、異変が起こった。


 泰正は慣れない布団と枕のせいで眠りが浅く、うとうとしていたのだが、耳に届いた軋む音に意識を覚醒させる。


 ――な、なんだ? 誰かが部屋の前に……?


 気を張るが、気配はすぐに消えてしまう。

 布団から抜け出し、戸口を開いたら、文が落ちていた。

 その中身を広げて、蝋燭の明かりで目を通すと……なんとそれは、恋文であったのだ。


 しかも、彼の名がしっかりと書かれていた。


 泰正は、心臓がとまりかけた思いがして、よろけた。

 あやうく文を握りつぶしかけてしまい、急いで体勢を直す。


「……はっ、はあ……!?」


 ――こ、これは、どういう事だ!?


 誰かが悪戯をしたのではないかと疑うも、彼の名前を見るたびに冷静ではいられなくなる。


 眠れるはずもなく、文を見つめながら、朝を迎える羽目となった。

 朝餉の準備があるとぼんやりしながら、部屋から這い出たら、いつのまにか二人が並んで立っていたので、尻もちをついて声を上げてしまう。


「あ、朝からなんだ!?」

「……泰正も、もらったんだ」

「己もだぞ」

「ま、まさか」


 二人の手には、確かに文が握られていた。


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