第十話〈陰陽師の舞い〉


 舞の舞台は、池そのものだ。

 貴族達は、池の周りの桟敷の上に腰をおろし、舞を楽しむ。


 帝は護衛に守られ、貴族達を見下ろす形で、少し離れた高い場所にある桟敷にて見物をする。


 紫倉宮、視素羅木、天照、佐々斬。

 四大陰陽師一族が舞の儀の為の狩衣に身を包み、池の傍に並ぶ。


 泰正は三人を横目でみやり、各々の姿を視認した。


 英心は薄桃、佐々斬は朱、天照は天狗の面をつけて、背が低いのが相変わらず目立つ。


 貴族達はひそひそと何事かを囁きあっては、特に天照を見つめていた。


 ――全く……奴らの性根の悪さには怒るのも馬鹿馬鹿しい……!


 どうせくだらぬ想像をしては、会話に花を咲かせているのだろう。

 泰正の悪口を話す時と同じように。


「陰陽師達よ」


 その一声で、貴族のざわめきは静まり返り、まるで一瞬時が止まったかのように錯覚する程である。


 声の主は帝だと、この場にいる者達は、皆一様に理解しているようだ。

 誰もが帝の次の言葉を待って、息を潜めた。


 帝は扇子をたたみ、呼びかける者に向かって先を向けると、声を発する。


「みすらぎやすまさよ、そなたには、禍々しいものを感じるぞよ」


 “禍々しい”


 その直接的な言葉は、泰正の胸に鋭く突き刺さり、心臓が早鐘のように脈打つ。


 脳内に、ドス低い声が響いた。


 “あの老いぼれ、気づいたか”


 ――黙れ!


 ここで動揺を見せれば、認めたと見なされてしまう……。


「帝」


 ふと耳を震わせたのは、英心の声であった。

 彼は、まっすぐに顔を帝へ向けており、丁寧にお辞儀をすると話を続ける。


「どうか舞を見ていただき、見極めて頂きたく思います」

「……良いぞ。お主がいうのであれば、見届けようぞ。のう、しくらみや」

「はっ、有難きお言葉」


 英心の態度に納得した様子の帝に、泰正はひそかに安堵の息をついた。


 ――英心……やはり、気づいているのか。


 問いかけに鬼神は答えず、泰正は己の心音がやけに頭に大きく響くのを聞いて顔を振る。


 英心が気合いを入れて発するかけ声と共に、池にひらひらと人形が舞い落ちて一瞬で凍りついた。


 池を凍らせたのは、英心の使役する式神の力をである。その式神は、氷の上で舞う陰陽師達が足を滑らせぬように守り、周りに冷気が漏れぬ様、壁を作っている。


 英心を中心に、ぐるりと一度回ると、桜の花びらが宙に激しく渦巻き、次々に陰陽師達は舞始め、一陣の風が吹き抜けて、花びらが陰陽師達を閉じ込めた。


「お、おお」


 誰かの唸る声が重なり、貴族達は舞に圧倒されているようだ。

 花びらに囲まれた中でも、陰陽師達は舞をやめず、さらに激しく連なって湖面の氷上を飛び跳ねる。


 ――昨年よりも、強い……!


 この舞は都に集まる魑魅魍魎への警告の意味を込めた、浄化の力を持つが、なかなか花弁の嵐がおさまらない。


 安倍晴明が力を注いだこの桜の花弁が、これほどに荒れ狂うとは――!



 ――一番禍々しいのは、我だろう。


「ぐっ!?」


 泰正は、肉体が急に動かなくなり、蹲ってしまった。

 花弁は未だに荒れ狂い、駆け寄ってきた英心以外の二人が舞っていなければ、危険である。


「泰正殿!」

「だ、大丈夫だ」


 こんなにも鬼神を抑え込めないのは初めての事で、動揺したが、気合いを入れて立ち上がり、英心の手を振り払うと舞を続けた。


 一辰刻は舞っていただろうか。


 ようやく花弁が散り散りになり、陰陽師達は膝をついて呼吸を整えた。


 泰正以外はすぐに姿勢を正して、帝に向かって一礼をすると、帝が笑う声が響き、貴族達も帝に顔を向けて笑い始める。


「見事じゃ!」

 

 帝の機嫌が良い事が何よりも重要である。


 泰正はざわめきに飲まれ、意識を失った。

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