第七話〈蓮〉
泰正は冷静になるように気をつけて、感情を出さぬ様に注意した。
「朝から奇遇ですな。昨夜はとんだ失礼を」
「いいえ。私も不躾でした。申し訳ない。しかし意外でした」
「何がでしょうか」
「貴方が想う人がいるとは。今年いただいた文の筆跡から分かりましたよ」
「……」
花祭りは、平安京を四つの領に分けた時期と同じく、清明が消えてから始めた、まだ歴史の浅い祭りではあるが、大事な祭事である。
やり取りをする文は、花祭りの際に燃やす決まりとなっていた。
英心の眼からは逃れられない。
仕方なく肯定の意を示す。
「見苦しいものをお見せして申し訳ない。しかし、英心殿がこんな子供じみた件に興味を抱くとは意外ですな。ましてや恋などと縁があるようには見えませぬ」
嫌味を添えてやると、英心は肩をゆすり、口元を吊り上げた。
珍しく嫌悪感をむき出しにした様子に、
泰正は緊張する。
「あっさりと認められるとは、貴方らしくもない。余程強く想われているのでしょうね」
「ま、まあな……」
「……」
急に黙り込む英心が陰鬱な表情で睨んできたが、一瞬で温和な顔つきに戻り、空気が和らぐ。
「ではまた」
「……はあ」
踵を返し立ち去る後姿を見てもまだ心臓は静まらず、しばし空を見上げて落ちつかせてから帰路を急いだ。
五条内にある屋敷に戻ると、男子は目を覚ましており、顔色も良さそうでひとまずは安心である。
彼の額には小さな赤い花が咲いていた。
言葉を交わすための術符だ。
千景が施したのであろう。
男子はおずおずとかしこまり、深々と頭を垂れる。所作からするに、礼儀正しい性格のようだ。
「助けて頂いて本当にありがとうございます」
「うむ。大体の事情はわかる」
「先程千景さんにお聞きしました。僕のような人々を助けられていると」
「決して誰にも言わぬように」
男子は頷くと「僕は
幸い蓮は飲み込みが早く、三日目にはあらかたの概要を理解していた。
泰正は花祭りの最大の見せ場である、舞の調整で忙しいので、千景に任せきりだ。
その舞のにぎわいに紛れて蓮を“主”に預けるのだが、蓮はある人を探しているというので特徴を訊ねると、予想外の人物と一致して困惑する。
その特徴は、ある貴族が可愛がっている、男子そのものだったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます