第三話〈乱れる心〉
英心は慎重に屋敷の中を進み、人の気配がないか神経を集中させる。
庭木は枯れており、家屋自体がだいぶ傷んでいた。
まさにお化け屋敷のような有様である。
気配を頼りに進むが、頭から被っている羽織が視界を邪魔するので苛立つ。
どこからか聞こえてきた話し声を拾って、ある部屋の前にたどり着いた。
この部屋の戸口は開閉はできるようだが、穴があいており、中を覗けそうだ。
早速顔を寄せて室内を見回すと、向きあって座る男二人が見えた。
――泰正と永響!
ここでならば、会話がはっきりと聞こえる。
「お前は、報われぬ想いを貫き通した。幸せになる資格がある」
「私は充分幸せだ。英心の幸せを願うだけで……」
「お前の心は乾いている。これからは、私を英心の代わりに愛せば良い」
泰正の言葉が、英心の心にするどく突き刺さる。
――泰正、私は……今は、お前を……!
無意識に唇を噛み締めていたら、血がしたたるのに気づいて息を呑む。
興奮すれば、永響に気づかれてしまう。
また、妙な術を使われてしまえば、意識を操られる。
英心は胸中に渦巻く複雑な想いを抑え込み、二人の会話に傾聴した。
「誰かを英心の代わりに愛するだなんて、できない」
「泰正、はっきりと愛せないと言われたのにか?」
「……だからと言って、何故、他の者を代わりに愛せるというんだ」
英心は、泰正の言葉に頭痛を覚える。
脳内である言葉が蘇り、それは己の声だと思い出して、叫びそうになるのを必死にこらえた。
――違う! あれは、永響に操られていたからだ!
だから、泰正はこんなにあっさりと、永響の元へ行ってしまったのか。
英心は、愕然として膝を床にこすりつけた。
もはや会話は頭に入って来ず、すぐにでも泰正に想いを告げたいという感情に支配されてしまう。
拳を握りしめながら、瞳を閉じて静かに呼吸を整える。
ようやく落ち着いた時、いつの間にか声が聞こえなくなっていたので、慌てて中を覗くと――そこには、腸が煮えくり返るような光景が広がっていた。
――な、なんという事を……!
永響が泰正を抱きしめていたのだ。
泰正は大人しく身を委ねており、まるで愛しあっているかのように見える。
「……っ」
このままでは、部屋に飛び込む。
今まで感じたこともない激情に飲まれかけて、危機感に懐から鏡を取り出し、晴明に合図を送った。
“英心殿、意識をこちらへ集中されよ”
――晴明殿!
英心は輝く鏡を覗き込んだあと、きつく目を閉じた。
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