第十四話〈偽りの夫婦(夫夫)〉


 文を使者に預け、返答を待つ間、忠行の屋敷に軟禁されていた泰正と英心の元に、それぞれの弟子や式神、友人が訪ねてきた。


 千景は泰正を心配し、英心には彼の式神が寄り添っている。

 泰正と英心の友である清太呂は、忠行の怪我の具合を診ながら、二人に心配そうに声をかけた。


「帝に目をつけられるなんて、何をしておるのだ!? 少しは大人しくできんのか!」

「お前に言われたくはない」

「なぬ!? そんな言い方はよくないぞ英心!」

「すまんな、清太呂」


 泰正が謝ると、清太呂は肩をすくめて顔を振る。またすぐに忠行の傍に近寄り、様子を見ている。


 千景は泰正にくっついて、英心をずっと睨みつけていた。


 そんな緊張感が漂う数日後。

 泰正は、英心と忠行と共に帝に呼ばれ、使者に連れて行かれた。


 てっきり、宮城に向かうと思いきや、何故か途中の屋敷に連れ込まれてしまう。

 その屋敷は、和泉氏の屋敷ではないかと、泰正は英心に目を向ける。

 解せないという顔つきになった英心から目をそらし、母屋に足を踏み入れた。


 そこには、威厳ある雰囲気を醸し出す人物が座していた。

 帝その人である。

 こんな形で相まみえるなどと、通常はあり得ない。

 この事態を鑑みるに、どうやら内密に事を進めている様子だ。


 指し示された通りに、三人連なって座り、それぞれ丁寧にお辞儀をした。

 帝の声音はうわずっており、普段よりも早口で語り始める。


「文を読み、朕は答えを導き出した。英心、泰正よ」

「は」

「ははっ」

「そなたたち、夫婦になるが良い」


 ――いま、何と、言われた……?


 泰正は口をあんぐりと開けて、帝を見つめて固まった。

 隣の英心の様子を怖くて見れず、慌てて帝に訊ねた。  


「い、いま! なんとおっしゃったのですか!?」

「聞こえなかったのかえ? お主は英心を想って苦しんできたのであろう? また同じ過ちをおかされてはたまらぬ……ならば、想い人と結ばれれば、また鬼に憑れることもあるまいて」

「し、しかし! 英心の気持ちは……!」

「落ち着け、泰正!」  


 師の咎めも構わず、泰正は早口でまくし立てる。

 まさか、帝の口から己の気持ちを英心に告げられてしまうだなんて、思いもよらない……!


「罰ならば私だけにと懇願した筈! このようなことは受け入れられませぬ!」

「じゃが、英心はどんな事でも受け入れると文に記しておったぞ? のう?」

「……な」


 泰正は、英心が泰正を殺そうとした事実を、文に記すだろうと予想はしていたが、まさか帝の考えがこれ程までに浮世離れしていたとはと混乱する。


 泰正はなおもくってかかった。


「ど、どうか考えなおしください! 英心が私を殺めようとしたのは、陰陽師の役目としては、当然の行為の筈です! どうか寛大な処置を!」

「帝、その話、謹んでお受けいたします」 

「はあっ!?」


 まさかの英心の了承の返事を聞いて、泰正はめまいを覚える。


 ――だ、駄目だ……いったい、何がおこっているんだ……?


 英心の快諾の言葉に、帝が扇子を大きく仰ぎながら大笑した。


「物わかりの良いやつよのう! 今夜は宴じゃ!!」


 帝の喜色の声をきいた、使用人達の大きく返事をする声が、泰正の頭に滑稽な声音で響いた。


 ――な、なぜ、こんな事に……?

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