第三話〈泰正の贈り物〉
あれはまだ泰正が二十代の頃だった。
あの頃は、泰正は今よりもかなり辛辣な態度で周りに接していたので、陰陽師からも民からも嫌われいた。
すでに弟子の千景がいたが、その弟子もそっけない態度で、近寄る者などいなかった。
ただ、清太呂は立場上、二人とは感情など関係なく、関わることが多かったので、意外な一面を知れたのだ。
桜の舞う季節、泰正が気難しい顔で、道の端に佇んでいるのを見つけて話しかけた。
「どうしたのだ、妙な顔をして」
「清太呂」
泰正の見た目は絵巻にでも出てきそうな様相であるので、なかなか目だっていた。
それに、何かを抱えている。
綺麗な布に包まれたそれは、どうやら菓子のようで、大事そうに見つめていた。
清太呂は我慢しきれずに率直に問うた。
「それは? 中身はなんだ?」
「……あ、いや」
口ごもるので、秘密にしておきたいらしい。
清太呂の脳裏にはある考えが思い浮かんだ。
――泰正はいつも英心と競い合っているし、奴を出し抜こうとして、帝に献上する品を用意したのか。
考え込んでいる隙に、泰正は離れようとするので、慌てて止めた。
「待て待て! 誰にも言わぬから教えてくれないか? 気になって夜、寝れん!」
そう叫ぶと、泰正はため息をつくと、そっと結びを解き、中身を見せてくれたのだ。
「な、何だった?」
「だから菓子だ菓子」
「は? 本当に菓子だったのか?」
「そうだぞ? なんと泰正の手作りだ」
「手作り……と、いうことは」
英心の動揺ぶりには、清太呂はご機嫌になってしまう。
話を続けた。
ごま油で揚げられた餅に、甘い汁がかけられており、香ばしいニオイが鼻腔を刺激して、食欲をそそられた。
泰正は清太呂を睨みつけ、早口で話しかけてきた。
「食べたいならやろう」
「は? 良いのか?」
戸惑う清太呂に、泰正は力強く頷いた。
「食べたのか、お前が」
「まあまあ、話を聞いていろ」
英心は何か言いたそうだったが、話を先に進める。
泰正は清太呂の屋敷に上がると、使用人に配れというから、全てをくれるつもりだとわかり、首をかしげた。
「誰かにわたしたかったのでは?」
「……無理だ。悩んでいたが受け取らないだろう」
「う、う~ん」
清太呂はすっかり、彼は帝に渡したかったのだと思い込んでいたので、少し同情をしてしまう。
泰正は確か師からも無碍にされており、弟子との仲も良くはない。
孤独な男なのだ。己で良ければ友になろうか。
「なあ、泰正よ」
「ん?」
「私とお前はあくまでも利害関係の仲でしかないが……どうだろう、この縁を祝いて深い仲にならないか?」
「……深い仲、とは?」
何故か警戒心をあらわにした泰正に、おどけて見せた。
「なあに、遠慮するな! お前は何かと気苦労が多いだろう! 誰かに身を委ねるのも悪くないぞ?」
「ふ、ふざけるな!」
怒声を張り上げた泰正に、清太呂は硬直した。
泰正は目を真っ赤にして、息を荒げている。
菓子が入った箱を凝視しながら、唇をかみしめて。
尋常ではない様子に、驚愕よりも医療に携わる身として心配になり、冷静に声をかけた。
「大丈夫か? 落ち着きなさい?」
「さわるな!」
つい無意識に、肩に手を添えかけたら、一括されて息を呑む。
泰正はまるで狂犬のようで、今にも噛みつきそうな勢いで、まいった。
険悪な雰囲気となり、このままではいかんと笑いかけると、若干、態度が和らいだ。
そこで思いきって誰に渡したかったのかを訊いたら、ある人が誕生日なので、贈りたかったのだという。
誕生日祝ならば、友に渡すつもりだったのだろうか。
清太呂はもったいなく思い、泰正に渡すべきだと説得するが、顔を曇らせるだけで頷かない。
痺れを切らしてなんなら私が渡すぞと提案したら、泰正は顔を輝かせた。
まさかそんな表情を見せるだなんて予想外で驚いた。
戸惑いつつも、泰正はならばお願いしたいと懇願するので、引き受けたが、なかなか誰なのかを言わないので、ようやく名前を訊けた時は疲れ果てていた。
「それがお前だったんだ」
「……菓子の贈り物など、覚えがない」
「私が作ったと土産として渡したからな、お前は美味いと喜んでいたぞ」
「そうなのか。思い出したいな」
「また作ってもらえばいい」
「泰正には、私の反応を伝えたのか」
「ああ、安心していたぞ」
「そうか」
口元をゆるめる英心を見て、やれやれと息を吐く。
この二人は、なかなかに複雑な関係であると。
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