四章【焦がれを抱きて】

第一話〈英心の本心〉

 英心は放心状態で地に膝をついた。

 風音に我に返り、ゆっくりと立ち上がる。

 異空間の切れ目を探したが、どこにも見当たらない。

 気づけば、晴明の屋敷に向かって駆けていた。

 息を切らせて空を見上げたら、日はすっかり傾き、星が輝きだしている。

 ようやく晴明の屋敷に辿り着くと、門の前で二体の式神が守りを固めていた。

 英心を見やるとそっと通してくれる。

 礼を述べて屋敷内に滑り込む。


「これはこれは英心殿」

「道満!? なぜ、ここに!」

「帝に邪魔だと追い出された。晴明の奴も、己を無碍にしおって」


 袖に両手をつっこみ、苛立ちを露わにする道満は、英心についてくるように促し、座敷にあがった。

 日のあたらない湿気った匂いのする部屋だ。

 事情を問い詰めると、異空間が閉じたと分かった帝が、半狂乱で乗り込んできたらしい。


 やがて道満は黙り込み、部屋の隅で瞳をを閉じて微動だにしなくなる。

 英心は泰正が心配でたまらず、心臓がなかなか落ち着かない。


 ――泰正……どうか、無事でいてくれ!


 異空間に渡るには、晴明の力が必要だ。


「……致し方なし」


 こうしてはいられない。

 英心は、晴明と帝の話し合う場に顔を出すべく、部屋から踏み出した。

 ちょうど先から誰かが歩いてくるので身構える。


 ――帝!


 帝は目を血走らせて、英心に乱暴な足取りで歩み寄り、胸ぐらを掴んできた。


「み、帝?」

「何故、何故じゃ! 何故、あやつは朕を選ばず、泰正なぞを! し、死罪じゃ!! 朕は、泰正を赦さぬ!!」

「……っ」


 泣きわめく帝の絶叫に、危機感を感じた。


 ――祟を恐れる帝が、そんな事を言われるとは!


 英心は、思わずその肩を掴み、懇願する。 


「それだけはどうか、どうか御慈悲を!」

「ならぬ! 朕はあやつを奪った泰正が憎い! 憎くてたまらぬ!」

「な、ならば!」


 目の前でひれ伏し、額を床にこすりつけて叫んだ。


「私が必ずあの者を、帝の元へと連れてまいります! どうか泰正の命をお助け下さい!」

「何故、そうまでする!?」

「わ、私は、泰正を愛しております!」


 声に出して言った瞬間、英心の心が満たされたような感覚がした。

 背中がぶるぶると震える。


 ――そうだ、私は。泰正を……!


「ぶはっはははははっ」

「……!?」


 盛大に嗤う声は、帝の声音ではない。

 そっと顔を上げて声の主を視認すると、道満が高笑いしていた。

 帝の前だというのに、全く悪びれる様子もない。


「道満、身をわきまえよ」


 その声は帝の後方から聞こえてきた。

 晴明がいつのまにか佇み、こちらを見つめながら微笑んでいる。 

 帝は晴明を睨めつけて、鼻息荒く話かけた。


「こやつが、おかしな事を言っておる! 異空間に閉じこもったあやつを、朕の元へ連れてくると!」

「帝、先程お話したとおり、術はございます」

「だ、だが」

「英心殿ならば、きっと成し遂げるはず……英心殿?」


 晴明の問いかけに、英心は力強く頷いた。

 帝は二人のやり取りを見て、唇を噛みしめると、声を張り上げる。


「ならば必ず役目を果たすが良いぞ! 万が一にも失敗した時は、泰正のみならず、関わった全ての者を死罪じゃ!」

「ははっ承知致しました!」


 反射的に床に額をこすりつけ、威勢よく返事を返した。

 少しの間の後に、帝は立ち去った。


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