第五話〈微睡みの中で〉

 泰正は、永響の温もりに包まれて微睡みの中にいた。

 頭や背中を優しい仕草で撫でられて、なんとも心地が良い。

 彼の声が、子守唄のように脳内に響く。


「帝には困ったものだ。私の気を引くために鬼憑きを利用するとは」


 ――帝……鬼憑き……。


「私は泰正、お前以外に誰もいらない。このまま私を、英心の代わりに想っていればいずれ楽になれる」


 ――身を委ねれば……。


 泰正は安らぎを感じて、どこにも行きたくないと思っていた。


 意識を沈ませようとした時、物音に起こされた。


 永響から身を離した瞬間、部屋にいるように告げられて、一人にされてしまう。


「……英心」


 永響は、出迎えた客人を冷めた目つきで見据えた。

 老年の陰陽師が連れてきたのは、帝である。


 ――この陰陽師は、確か賀茂忠行といったな。


 忠行は永響に丁寧に挨拶をすると、帝に声をかけた。


「帝、こちらへ」

「永響よ……朕を覚えているか」


 帝の言葉に永響は頷くと、一言告げる。


「忘れることはない」

「な、永響!」


 帝は目を輝かせた。

 その姿を見た永響は、心が冷えていくのを感じた。

 思えば不思議である。

 もののけと変わらぬ己が、このような感情を抱くとは。


 だが、どうしてもこの人間は気に食わないのだ。


「私が求めるのは、泰正ただ一人だ。去るがいい」

「……っわ、分かっておるぞよ」

「帝!」


 忠行が帝に向かって焦った声を上げる。

 後ろに控えていた鬼憑きの者達が、わめき声をあげはじめた。


 忠行の様子を見るに、何か術をかけているらしい。

 見た瞬間に感じた事は、間違いではなかったようだ。


「泰正など、要らぬ!」


 帝が叫んだ瞬間、邪気が発せられて、鬼憑き達から黒い影がうかびあがり、大きな塊が宙に現れた。

 永響は、その塊が泰正を狙っているのだと分かり、手を掲げて阻止を試みるが、塊は威力を増していく。


 ――強い。まるで怨念だ。


 鬼憑き達は次々に倒れ込み、帝が叫んだ。


「朕は決してそなたを諦めぬ! 泰正を新たな鬼憑きにして死なせたくなくば、朕を受け入れよ!」

「……嘆かわしい」 


 一言つぶやいた永響は、ふいに何かを感じて振り返る。


「何故!」


 そこには、虚ろな目をした泰正がいたのだ。



 少し離れた先で、羽織で姿を隠しながら見守る英心は、泰正が現れたのを見て動揺する。


 ――ま、まずい! 一度鬼に憑かれた為に惹かれやすいのか!


 泰正に取り憑いていたのは鬼神だ。

 あの黒い塊は、帝の執念を感じる。


 英心はとうとう羽織を脱ぎ捨てて、駆け出した。


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