第7話




 クリシュナの街を、中心部へと向かって歩くエレノア。

 風が吹けば金色の髪が舞い、美しい容姿をより一層引き立てる漆黒のドレスは、歩くたびにスカート部分が揺れ、彼女とすれ違った男たちはその美貌に釣られるように振り返って彼女の背中を見つめる。




「確かこの辺りに……」




 そんな視線を向けられてることなど気にもしていないエレノア。

 首元に装着された奴隷具を地味な色合いのスカーフでしっかり隠しており、彼女を奴隷だと思う者はいないだろう。




「あ、ありました!」




 そして、目的地のお店の看板を見上げながら歓喜の声を漏らした。

 ここは娯楽用品を取り扱っている本屋。様々な料理のメニューを記した書物や、薬草などの調合手順を記した書物まである。




「お客さんは数名いますが、仕方ないですね。恥ずかしいですけど購入しましょう」




 エレノアは何か覚悟を決めるように拳をギュッと握り店内へと入っていく。




「いらっしゃい」




 本棚が何列にも縦に並べられた店内。その最も奥に座ったいかつい店主は、エレノアを見て低い声で挨拶をした。




「男性、ですか……」




 店主を確認したエレノアは悲しそうな表情を浮かべ呟く。

 が、再び目的地へと歩み始めた。ここで負けられない、ここで足を止められない。

 エレノアは店内で最も人気のないコーナーへ到着し、目的の本を探す。




「ありました! あっ……」




 大きな声を出し、慌てて辺りを確認する。

 そして誰もいないとわかると、一冊の書物を眺めながら、口を半開きにさせ今にもよだれを垂らしそうなほど幸せそうな表情をしていた。


 その書物の表紙には、大柄で分厚い胸板の男性と、その膝の上に座る華奢な体型の女性が淫らに舌を出してる絵。

 その表紙には大きく『屈強な騎士に抱かれた令嬢は何度もイかされる3』と表記されており、エレノアはその隣に置かれた書物を見て、

「よ、4巻も出てたのですね!」

 と再び歓喜の声を上げる。

 この書物は女性向けに書かれたものであり、エレノアは奴隷になるまで愛読していた。だが3巻が発売されたのは知っていたが、4巻が発売されていたのは知らなかった。




「後はこの2冊を店番のおじさまにエッチな目で見られるのを我慢して購入するだけですね」




 表紙だけでも卑猥な書物だということは一目瞭然だった。

 後はこの2冊を無口そうな男店主に会計してもらうだけ。そして暇そうにしてる店主の前に裏側を表にして書物を置く。




「いらっしゃい」




 店主は書物の表紙を見ながら動きを止めた。

 エレノアは恥ずかしそうに顔を下げ、早く会計をして、と心の中で念じる。だが一向に値段を口にしない店主。

 エレノアは恐る恐る顔を上げると、無表情だった店主はエレノアを見つめ、にやりと笑った。

 そして──胸板に力を入れているのを、エレノアは確認してしまった。




「お嬢ちゃん、こういうのが好きなんだろ?」

「あっ、ああっ……」




 ピクッ、ピクッと、無い胸板を反応させる店主を見て、エレノアは後退りしながら声を漏らす。

 そしてお代をテーブルに叩き置いて、




「わ、わたくしのご主人様の方が凄いです!」




 と言って逃げるように走った。




「くっ、少し汚された気分です!」




 まるで、あの店主に目で犯されそうになったような気分。

 だが成果はあった。多大な対価を支払ったが。




「ふふっ、購入できました」




 エレノアは家屋と家屋の間の狭い路地裏に入り込んだ。


 記憶が正しければ、2巻はヒロインのアンナが騎士団長であるフーバートに後ろから激しく突かれて中出しされたとこで終わったはず。では今回は……。

 裏表紙のあらすじを確認して、エレノアは少し出てしまった涎を拭いた。



『初めての中出しを経験したアンナ。その日からお腹の中には違和感を感じ、寝ても覚めても考えるのはフーバートとの激しい夜のことばかり。そして城内の皆が寝静まった夜、アンナはフーバートの寝室に向かった。


 ──もう一度、わたくしを犯してください。


 少し汗臭い部屋で寝ていたフーバートにそう伝えると、アンナは獣のような大きな体格のフーバートを押し倒すと、凶悪な肉棒を自らの意志でパイズリし、淫らに欲しがった。

 そしてアンナは気付く。自分はフーバートのこの男らしい体に惚れたのだと……』




「こ、これはいいです! さすが作者様、わかってますね。最初は自分の気持ちを知らないで犯されることを嫌がっていたアンナが、自らフーバートに求めるシチュエーション。そして朝まで眠ることなくセックス三昧!」




 エレノアはこの書物の作者である、リオネに心酔していた。おそらく同じ性癖なのだろうと予想していた。




「やっぱり男性は包容力のある男らしい体が一番ですね。この書物のおかげで、セックスの知識を勉強したと言っても過言ではないですし……」




 四年ほど前、エレノアは父親と母親に連れられた本屋で、この本と出会った。

 最初は気持ち悪いと思った。女性が男性に犯されてる物語など。だがそう思ったのは最初だけで、真剣に読んでみると二人の愛情表現に共感を持てた。

 そしてエレノアは、この書物を書いたリオネという作者の他の作品を全て読んだ。

 そのほとんどが屈強な男に犯されるものばかり。ただそれだけなのに、自分が興奮してるのに自覚した。


 ──好きな相手に、激しく犯されたい。


 そういう願望を持ってしまったのだ。だが犯されると言っても、良い犯され方と、悪い犯され方があると、エレノアは思っている。

 悪い犯され方は、全く好意を抱けない相手に犯されること。どうして好きでもない男に犯されて、その後、好きになるのか。ペ〇スに惚れたという表現を何度か目にしたが全く理解できなかった。

 そして良い犯され方は、好きな相手に強引に、それでいて激しく求められること。


 昨夜、エレノアは一度目のセックスで股を少し傷めた。処女である彼女は初めてなのだから仕方ない。だが、同じく経験の無いエギルはその事に気付かなかったのだろう。

 ズブズブっと大きくて堅いペ〇スの動きが止まることなく、エレノアの中を侵食した。

 だがエレノアは、痛いから止めて! など思わなかったし言わなかった。むしろもっと乱暴にして! そう言ってしまいそうになった。

 初体験を終えて、エレノアは気付いたのだ。好きな相手に強引に責められるのが大好きなのだと。




「お尻を力一杯に叩いてほしい。手足を縛られたい。疲れてもずっと、お〇んこにお〇ん〇んを挿入されたい。だけど……それを言ってしまったら、エギル様は引いてしまわないでしょうか」




 この性癖を理解できるのはごく一部であり、エレノアは受け入れてくれるか不安だった。




「……だけど、わたくしは奴隷。ふふっ」




 嫌だった奴隷という響きは、愛する相手が現れてからは甘美な響きとなった。




「ご主人様の命令には絶対に逆らえない。お〇ん〇んを喉奥まで押し込まれても、目隠しされて後ろから突かれても、イった後なのに無理矢理に犯されても、絶対に文句を言えない──ああ、酷い命令をされたいですね」




 こんな歪んだ性癖を、主人であるエギルは受け入れてくれるかどうか……。




「……おっと」




 赤くさせた頬に手を当てながら腰をクネクネさせてると、通行人に変な目で見られてしまった。

 妄想だだ洩れの声までは聞かれてないだろうが、それでもここに長居するのは止めておいたほうがいいだろう。

 エレノアは路地裏から出ると、

「少しずつ、わたくしのご主人様をドSなご主人様に調教しましょう」

 いつかエギルに調教されるように、今は自分がエギルを調教しよう。そう決断し、この場を急いで立ち去る。


 本来の目的は昼食を作るための食材の買い出しだ。




「早くお昼ご飯の食材を買って帰りましょう。エギル様に手料理を振る舞うのですから」




 そして食材が売られているお店に到着した。




「エギル様に好きな料理を聞いておけば良かったですね」




 食材を選んでもエギルの好みが分からないので悩んでしまう。

 少し悩み、結局は色々なお肉の料理に決めた。もっと逞しい身体になってほしい。そういう邪な考えはあったが、おそらく喜んでくれるだろう。まだ出会って二日だが、料理が不味いと怒るタイプではではないというのは、エレノアがこれまで培った人を見る力でわかっていたのだから。


 そして食材を買ってお店を出ると、

「おいっ! それは僕の奴隷だぞ!」

「あん? 俺が拾った奴隷だろ」

 少し離れた場所から二人の男性の争う声が聞こえた。


 奴隷という言葉に敏感になっていた。また自分のような奴隷絡みの争いかと。そして言い争いの声がした場所には二人の男性と、一人の女性がいた。


 一人は貴族のような高貴な身形。もう一人は奴隷商人であろう小汚い服装。

 そしてその間には奴隷服を着た女性。脅えた表情をした彼女を見て、エレノアは目を見開いた。




「もしかして……セリナ?」




 ビクッと肩を震わせる奴隷の彼女。だがエレノアを見て、少しだけ表情を明るくさせた。




「……エ、エレノア」




 彼女は同じ奴隷商人に捕まえられたセリナだった。

 セリナは涙を浮かべながら、エレノアへと手を伸ばす。




「エレノア! お願い、助けてっ!」

「おい、売り物が騒ぐなっ!」

「それは僕の奴隷だ! 返せっ!」




 エレノアよりも少し前に競り落とされて別れたセリナの肌には、幾つもの殴打の傷があった。

 その痛々しい傷を見て──競り落とした主が最悪な奴だと理解できた。


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