第26話





「どうなっているというんだ――なんなんだこの魔物は!?」

「わ、わかりません! ま、まるで、人間のような――やっ、やめろっ! ぐあああぁっっ!」




 王国直属のギルドが次々に、人型の魔物に殺されていく。

 一人、また一人と。その光景を見て両脚を震えさせるサナは、同じく体を震えさせていたルナを抱きしめる。

 二人の耳に叫び声が響く。痛い、助けて、やめてくれと。そしてフェリスティナ騎士団のリーダー、エグヴェインは、サナとルナを見て叫ぶ。




「そこで見てないで手を貸せ!」




 その言葉に、サナは泣きながら首を横に振った。

 足に力が入らない。ルナを抱きしめる腕にしか力が入らない。勝てるわけないという結論が、サナの動きを止める




「隊長! 指示を、指示をお願いします!」

「……なぜ、なぜなのだ! なぜ魔物の――オーガが職業を身に付けているんだ!」




 統率のとれたフェリスティナ騎士団が脅えて後退する。そうさせているのは、角を二本生やして、鋭い牙を口から出した大男であるオーガ。

 細くて長い湾曲した刀を持つオーガと、拳全体を魔術印で包んだオーガ。




「サナ……お父さんは、どこ?」

「あいつは、逃げたよ……。オーガ二体を、騎士さんやあたしたちに任せて、あいつは逃げた」




 父親であるゲイル・フェレーリルは逃げた。

 騎士団に任せて、双子の娘に任せて、一人で先に逃げた。おそらくもう、この砦から出ているはずだ。


 ——ゴレイアス砦侵攻戦ってクエストが狙い目だぜ! これをクリアすれば、母さんの薬代もなんとかなるはずだ。


 このクエストに参加する前、サナとルナは父親に言われた。その甘い言葉にまた騙された。またサナは、ルナを危険な目に会わせてしまった。




「……サナ、逃げるよ」

「えっ、でも。騎士さんたちが──」

「あたしたちが手を貸してもなんにも力になれない。もう手伝えることはないんだよ。逃げなきゃ、殺されるだけなんだ」

「だ、だけど、ここで逃げたら、騎士さんたちが……。戦おうよ。騎士さんたちと協力して――」

「ルナ!」




 サナだって、ルナの言いたいことも、助けるべきだということもわかってる。

 騎士たちを囮にして逃げることは、先に逃げた父親とやってることは同じだ。そんなことしてはいけないことくらい、サナだってわかってる。けれど、




「あたしはルナの命が一番大切なの。ルナを守る――そうお母さんと約束したんだから」

「……」

「お母さんの薬代は、また二人でコツコツ貯めよう。そのために一緒に、必死に訓練したでしょ?」

「……うん」




 サナはルナの手を掴んで逃げた。

 背中から聞こえる騎士の怒鳴り声と助けを求める声が聞こえる。両手で耳を塞ぎたい。だけどルナは優しい性格だから、掴んで引っ張る右手を離したら、その場に立ち止まってしまう。

 逃げるか、オーガと戦うか。

 お姉ちゃんだから。いつだって正しいことをすべきかもしれない、けれどルナだけは絶対に守らなければならない。




「サ、サナ、やっぱり……」

「あたしの性格が悪いと思ってるなら、それでいい! だけど今は走って! 走って逃げて!」




 罪悪感は全て自分が受ける。そう思い背中から聞こえる苦痛の叫びをかき消すように、サナは走りながら大声を発する。

 どんなに嫌われても、どんなに非道だと思われても、ルナさえ守れば、妹さえ守れたらそれでいい。


 ——サナは少しだけお姉ちゃんだから、妹のルナのことを絶対に守ってあげてね。


 そう、母が病に侵される前に言った。


 ——約束ね、サナ。


 その言葉は、サナにとっては、死んでも守らなければいけない母との約束だった。




「ここに隠れよう」




 二人はボロボロに痛んだ家屋に隠れた、ここまで離れたら大丈夫。




「ねぇ、サナ。やっぱり、お父さんに付いて行ったの、間違いだったのかな」

「……わからない。だけど選択肢は一つしかなかったよ」




 二人の父親は、母親が病に倒れてから変わった。

 それまでは優しかったのに、いつからか金、金、金。二人のことを娘だと思わず、母親の病を治すためだと言って、二人が死ぬかもしれないのに冒険者になることを強制した。

 二人は母親の病が治るならと思い、その命令を受け、共に冒険者になり、多くのクエストを受けた。

 けれど稼いだお金は全て父親に奪われた。

 ちゃんと母親を助けるためにお金を貯めてくれている——そう、信じていた。

 けれど実際は違った。現実逃避するように、クエストで稼いだお金は酒に消えた。だけどまだそれは許せた。辛いのは二人だけではなく、父親も同じだ。そう思ったから。けれどサナは、父親が他の女に、サナとルナが稼いだお金を貢いでるのを知ってしまった。

 それを父親に言った。


 ——お母さんを助けるんじゃないのかよ。


 そう怒鳴った。けれど返ってきた答えは、


 ——俺も辛いんだ。


 その言葉で、もうサナは父親への信頼も尊敬も、全て消えた。

 だがこのことをルナは知らない。教えられない。だってルナは、心が綺麗だから。

 だから腐った父親のことはサナの中で留め、今回のクエストへ挑んだ。サナとルナの取り分はサナが受け取ると約束して。

 サナにはルナと共に父親から離れるという選択肢もあったが、父親のゲイルは腐ってもAランク冒険者だ。実力もあって、受けられるクエストの質も、Eランク冒険者であるサナとルナとは全く違う。だから冒険者一家として、家族で作ったギルドでクエストに挑むしかなかった。

 このクエストをクリアすれば、母親を救うことができる。

 そうすればまた、母親と一緒に暮らせる。父親との関係の修復は無理でも、三人で暮らしたい、元の幸せだった日々を取り戻したい。




「もう、これしかなかったんだよ」




 サナは膝を抱えて顔を埋める。

 他に方法なんてなかった。妻を裏切り子供を見捨てた父親に従って、高価な薬が必要な母親を治して、弱虫で泣き虫な妹を姉として守る。

 全部、全部全部全部。一人で全部、抱えてきた。もう、他に選択肢なんて——。




「やっぱり、エギルさんに──」

「それは駄目! 駄目。絶対に駄目だから」




 サナは大声を出して否定する。

 サナとルナに力を与えてくれた人。短い間だったけど、一緒にいたら楽しくて、戦い方を教えてくれて、心の底から笑顔にしてくれたエギル。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る