第9話
「ただいま」
「おかえりなさいませ。エギル様に、お願いがあります」
家中に香る美味しそうな匂いを感じたエギルは足を止めた。
その表情は驚いているようであったが、その驚きは裸エプロンで土下座をする自分の姿を見てだとすぐにわかった。
「どうしたんだ?」
「実はですね……」
エレノアは口ごもる。
この選択が正しいのかなんて、エレノアにはわからない。だがセリナを助けるには多額の金が必要になる。だがエレノアは無一文だ。助けてとお願いする代償を何も払えないと思った。
「どうしても、エギル様に競り落としていただきたい奴隷がいるのです」
エレノアはセリナの事を全て説明した。
そして、どうかセリナを競り落として彼女を救ってくださいと。
すると、優しかったエギルは冷たい表情に変わってソファーにドカッと座った。
「つまり、俺に金を出させて、その奴隷を競り落とせということか?」
「は、はい……どうか、お願いします」
「そして、お願いを聞いてくれたら何でもします。そういう理由で、その格好なのか?」
「わたくしには、エギル様の役に立てるものがありませんから……」
なるほどな、とエギルは言って、ズボンとパンツを脱ぐと、冷たい視線をエレノアに向けた。
「そういう女は嫌いだ。大切な体を使って媚びを売る女はな。だが、お前がそうしたいならそうしろ」
「エ、エギル様、わたくしは……その」
「ほら、どうした? 媚びを売りたいんだろ?」
エギルの怒った表情を初めて見たエレノアはあわてふためきながら、エギルへと近づく。
そして彼が怒ってることはすぐにわかった。
「お、怒ってらっしゃいますか? わたくし、何か悪いことをしてしまいましたか!?」
「所詮は奴隷か。普通の恋人の関係を望んでいたのは俺だけか?」
「それはわたくしもです! わたくしもエギル様を心の底から愛しています、ですが、わたくしにはお願いを聞いてもらって払える対価がありません……」
「対価? 愛した女の頼みを聞くのに対価が必要なのか?」
その言葉に、エレノアは何も言葉を返せなかった。
「愛した女の頼みなら何でも聞いてやる。周りから甘いだとか馬鹿だとか言われてもな。だが、そんな交換条件を出されて聞いてやるつもりはない。だが抱いてもらって金が欲しいなら、お前をそういう女だと思って接してやる――そんなお前を、これから先も愛することはないだろうがな」
その言葉を聞いて、エレノアの目から涙が溢れ出した。
エギルは、エレノアの考えた馬鹿な方法に呆れているのだろう。交換条件なんて、エギルに――愛し合った者同士には不要だ。冷静に考えればエレノアだってわかることだ。
だがいつからか、世界は残酷なのだと、自分はそうしなければならないのだと、物事を交換条件ありきで考えるようになっていたのかもしれない。
エレノアはエギルの隣に座って頭を下げた。
「奴隷として苦しんでいるわたくしの友人を助けてください。何もお返しできませんが、一生あなたを愛すると誓ったわたくしの、心からのお願いを聞いてください」
「最初からそう言え……エレノア。俺はお前の頼みは何でも聞いてやるつもりだ。愛した女なんだからな」
「はい。わたくしも、愛しております」
「それと、自分自身を安くみるな。お前は俺が、一目惚れした相手なんだからな」
エギルの大きくて温かい手が、エレノアの濡れた頬を撫でる。
「申し訳ありません……エギル、さま」
そう言って唇を寄せると、エギルは応えてくれた。
熱く、激しい。それでいて優しいキス。舌を出すと、エギルの舌が絡んでくる。お互いが何度も舌を合わせると、涎がポタポタと落ちる。だけど気にすることなく求め続けた。
そして、エレノアは本気でエギルを愛している……それがわかると、昨日のような熱いモノが欲しくなった。
だからお互いに触れさせていた舌先を離すと、トロットロになった瞳で求めた。
「エギル様、わたくし……」
だがエギルは立ち上がる。
「ほら、わかったら服を着ろ。折角エレノアが作ってくれたご飯が冷めるだろ」
「えっ、でも……いえ、わかりました。服を着てきますね」
――このまま欲しい。
そんなことは言えないエレノアは、自室として用意された部屋へと向かいながらボソッと、
「……わたくしの方が、エッチですね」
「ん、何か言ったか?」
「いえ、なんでもないですよ」
疼いて仕方ない下腹部を撫でながら、服を着に部屋へと向かう。
「必ずわたくしが調教してみせます。わたくしのことを一日中でも犯してくれるような、ドSなエギル様に……」
エレノアの小声の宣戦布告は、エギルには届かなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます