第10話





「それで、そのセリナって子のオークションは七日後なんだな?」




 目の前に座る黒ドレスを着るエレノアはスープを飲んでから頷く。




「はい。ただ……処女だということなので、少し値が張るかもしれません。それに、競ってくる相手が確実にいますので」

「元主の奴か」




 1300万ゴールドを支払って競り落としたエレノアを超えることはないだろうが、それでも、『必ずモノにする!』とはっきり宣告してる奴と張り合うなら、かなりの金額は覚悟するべきだ。




「やっぱり難しいでしょうか?」




 エレノアは不安そうにしながらエギルを見つめる。

 はっきり言って難しい。エギルの全財産は400万、エレノアを落札した際に必要最低限の金は使ってしまったのだから。だが、




「いや、問題ない」




 ここで難しい顔をしていても、エレノアを困らせるだけだ。それにカッコつけたなら最後までカッコつけたいと、エギルは思い間を空けずに答えた。




「足りない分は稼ぐしかない……エレノア、ご飯を食べたらクエスト受注所に向かうぞ」

「かしこまりました。受けるクエストのランクを聞いてもよろしいでしょうか?」

「ランクか……」




 エレノアの冒険者ランクがC。だとすれば、エレノアの安全を考慮するならCランクか、無理してもBランクだろう。

 ただ、幾ら使うかわからない奴隷オークションのことを考えるなら、平均で千万ゴールドほどの報酬が貰えるSランクのクエストが理想だ。

 がしかし、Sランククエストは一週間以上から一ヶ月くらいの長期クエストしかない。

 おそらく、今日から向かっても奴隷オークション当日に帰ってくるのは不可能だろう。

 Cランククエストなら半日か、長くても一日で終わる。Cランククエストをクリアしても1万ゴールドから5万ゴールドくらいしか報酬として出ないが、それがいいだろう。

 エギルは少し考えてから選択する。




「ランクは不問で、エリア受注をするか」

「エリア受注ですか? たしか比較的近い場所のクエストを一度に沢山受けることでしたよね?」

「ああ、それなら一々クエスト受注所のある村や街に戻ることなく、クエストを受け続けられる。そうすれば、別々のクエストを同時に進行できる」。

「ですが、エリア受注をするのは危険が多いので、クエスト管理者の承諾が必要だと前に聞いたことがあるのですが?」

「その承諾をしてくれる知り合いがいるから問題はないだろう。後は、エレノアが付いて来れるかどうかと、野営に否定的ではないかどうかだな」




 冒険者なのだからクエストに否定的ではないはず。だがエリア受注は長い期間、家には帰れない。なのでテントを張って外で寝泊まりする必要がある。

 お姫様が嫌がらないか――そう思ったが、エレノアはにっこりと微笑み答えた。




「足手まといにならないように頑張ります。それに野営は大歓迎です。野外プレイも、わたくしの憧れの一つですから」

「野外プレイ? クエストのことか?」

「いえ、何でもございませんよ。では、準備しますね」




 ニッコリ微笑むエレノアは、そのまま食器を片付けにキッチンまで向かう。







 ◆







「そういえば、エギル様は武器などはお持ちではないのですか?」

「ん、まあな」




 クエスト受注所へ向かいながら、隣をぴったりとくっ付いて歩くエレノアは、身軽なエギルを見て首を傾げた。

 服装は防御に特化した服装とはいえないし、決して鎧のような金属類の重みはない。強いて言うなら、厚着だが普段から着用する服と変わりない格好だ。




「俺の職業は剣舞士だからな」

「剣舞士ですか? あまり聞いたことないですね……」




 職業には初級、中級、上級の三段階あり、それは冒険者ランクが変われば級が上がる。そして冒険者の力も底上げしてくれる。




「わたくしの聖獣師は召喚士の中級ですから、剣舞士は剣士の上級職業ですか?」

「いや、剣舞士は剣士の上級職業のさらに上だ。要するにSランク冒険者のみに与えられる職業みたいな感じだな」

「えっ、初めて聞きました」

「あまり知られてないからな。エレノアもこれ持ってるだろ?」




 エギルは懐から赤色に光る宝石を取り出すと、エレノアは青色の宝石を取り出した。




「職業の力を発揮するのに必要な聖力石ですね」

「ああ、これを冒険者カードのランクがSになった時に《神の湖》に沈めると、新しい力を授けてくれるんだよ。さて、到着したな」




 エギルが足を止めたのは、大きな木製の造りであるクエスト受注所の建物。

 二人は中へ入っていく。そしてエギルはいつも担当してくれる男を捜す。




「おい、ハボリック」

「ん? ああっ、旦那、お久しぶりです!」




 爽やかな顔立ちのハボリックは、エギルを見るなり屈託のない笑顔で両手をぶんぶんと振っていた。

 ハボリック・メッフェスはこのクエスト受注所の職員だ。

 端正な顔付きに、サラサラした金色の髪にスラッとした体型の一七〇ほどの身長。いつもニコニコと笑顔で接していて、明るい雰囲気があって男女問わず人気のある職員だ。




「もう、旦那! どうしてずっと来てくれなかったんですか?」

「いや、五日前に来ただろ。それに前回のSランククエストで疲れたから、少し休みたかったんだよ」

「まぁ、そっすよね」




 そして何に対しても軽く能天気な性格な男だ。

 ハボリックは、隣にいるエレノアがエギルの腕を組んでいるのに気付くと、目を大きく見開いた。




「だ、旦那!? こ、この綺麗な女性は誰ですか!?」

「ああ、彼女はエレノアで──」

「エギル様の妻です」




 エギルの言葉を遮るように、ニッコリとした笑みを浮かべたエレノア。彼女を見て、ハボリックは口をパクパクと開閉しだした。

 奴隷というのを伏せてくれるのは有り難いが、こうもはっきり言われると困ってしまう。それに、昔からエギルのことを知っているハボリックには、エギルが結婚するなんて信じられないのだろう、エギルが困っていると、




「自分がここで働きはじめた頃からの付き合いですが、まさか旦那に奥さんができるとは……いやぁ、おめでとうっす」

「……ありがとう」




 ハボリックとは二つしか年齢が変わらないが、それでもいかつい見た目から、エギルの方がかなり年齢が上に見られる。

 二人は冒険者になってから四年後、つまり二十二才の時に出会ったのだが、その日からハボリックはエギルのことを『旦那』と呼ぶ。




「それより、今日はハボリックに頼みがあってきたんだ」

「頼みとは仕事の事っすか? でも、誰も受注していないSランククエストはあったかなぁ……」

「いや、今回はエレノアと一緒で、一度に多くのクエストに受注したいんだ。だからエリア受注を頼めるか?」

「なるほど、そういうことでしたか。じゃあ、エレノアさんの冒険者ランクはどれほどで?」

「Cランクですね」

「なるほどなるほど。旦那、場所はなるべくこのクリシュナの街付近がいいですか?」

「七日後にこっちで用事があるからな。できればこの付近か、それか七日後にちゃんと帰ってこれるクエストで頼む」

「ふむふむ、了解っすよ。では少し待つっす!」




 ぴゅーんと職員しか入れない部屋へと入っていくハボリック。

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