第8話





 桃のような瑞々しいピンク色の髪を卵形の輪郭に沿わせ、いつも笑顔が絶えない明るい性格。

 年齢は一九とエレノアのひとつ下だが、落ち着いた雰囲気に周りをよく見れる性格で、かなり大人の印象を与える。




「エレノア……助けて」




 だが今の泣きながら助けを求めるセリナは、どこか弱々しかった。

 共に奴隷商人のとこにいたころから、『大丈夫だから』と言って同じ奴隷を勇気付けてくれた彼女の姿は、そこにはなかった。

 エレノアは奴隷商人に近づく。




「彼女と話をさせてもらってもよろしいですか?」

「お前はたしか……この前までいた奴隷か? はっ、奴隷が奴隷商人に何を言いだすんだよ」

「もうあなたの奴隷ではありません」

「だからどうした? じゃあなおさら、お前には関係ねぇな。とっとと失せろ」




 奴隷だから下に見られるのは当然だ。

 このままでは話すらできない。言うか言わないか、エレノアは迷ったが。




「わたくしのご主人様のエギル様に言いますよ?」

「エギル……? あの金持ちの野郎か、だからどう──」

「Sランク冒険者を敵に回すのですね?」

「え、Sランク!? だが……」

「エギル様はわたくしを愛してくれてます。わたくしがあの方に言えば、あなたなどすぐに消してさしあげますよ?」

「っ! そんなの……本当かどうか」

「試してみましょうか?」




 奴隷具で縛られていない今なら、ずっと殺さないで我慢してきたこの者を殺すことはできる。冒険者であるエレノアなら楽勝だ。だが争えばエギルに迷惑をかけてしまう。だからあまりしたくはなかったが、エギルの名前を使った。

 そして、奴隷商人は何も言わず、セリナから離れた。




「セリナ、大丈夫ですか?」




 その場に座るセリナのもとへ駆け寄るエレノア。そしてセリナは震えた手を伸ばした。




「エレノア……私、怖くて」

「何があったのです?」

「あの人に引き取られたんだけど、何回も暴力を振るわれたの」




 指を差した相手は、先程まで奴隷商人と言い争っていた貴族だと思われる身形の者。

 優しそうな顔付きで、「彼女は僕の奴隷だ! なのにどうして君は彼女を奪うんだ!?」と、セリナの事を大切に思っている雰囲気はあるが、「僕のモノを奪うな!」と叫ぶ姿を見て、エレノアはモノ扱いしてることに気付いた。

 エギルはモノではなく一人の女性として接した。それが普通かどうかなんてわからない。だがそれが、人間的扱いなのは当然のことである。

 そして、エレノアの手を掴むセリナの手は震えていた。




「あの人は悪魔よ。優しい顔をして、何度も、何度も、私を殴ってきたの」

「それって……」

「だから逃げたの。隙を付いて監禁部屋から逃げたの。これなら死んだほうがマシだと思って。だけどあの人──セブレスチャフ伯爵は殺さないで私を追ってきたの」

「逃げてる途中で、あの奴隷商人に会って奴隷具の上書きしたのですね?」




 セリナはコクリと頷いた。

 セブレスチャフ伯爵ということは、どこかの王家に連なる者か名高い家柄の出ということだろう。




「彼がここまで追ってきたのですね?」

「……う、うん。エ、エレノア……私、私……」

「大丈夫です。大丈夫ですから……」

「おい、そろそろこいつがうるせぇから帰りたいんだが?」




 セリナを抱きしめていると、奴隷商人はセリナの元主を指差しながら言う。




「セリナ、元主にされたのは、殴られただけですか?」

「う、うん。脱がされそうになったけど、その前に逃げたから」

「そう。わかりました」




 エレノアは立ち上がると、奴隷商人に近付く。




「彼女はまた、奴隷オークションに賭けられるのですよね、それはいつですか?」

「……色々な手続きがあるから、早くても今月の三週目だな」

「三週目、ですか……」




 奴隷オークションは月に四回、週に一度、開催される。

 三週目の開催日は、今日から数えて七日後だった。




「……それまでは、セリナに手出しはしませんよね?」

「さあな、もしかしたら手懐ける為に──」

「しませんよね?」




 睨みつけると、奴隷商人は一歩後退した。




「わ、わかってる。俺は売り物には手を出さねぇよ。お前だって知ってんだろ」

「はい。知っております」




 エレノア以外には手を出していたことを。

 そしてもう一度、エレノアはセリナの耳元に顔を寄せる。




「セリナは処女ですか?」

「えっ……うん。そうだけど」

「それは奴隷商人も知ってますか?」

「……うん、怖くて、教えたの」




 処女は値段が高い。それが奴隷売買では当たり前だ。




「もし、購入した後に彼女が処女ではなかったら……それは規約違反ですからね?」

「ああ、わかってんよ。てか、もしかして購入する予定なのか?」

「……」




 奴隷具を外せるのは所有権のある者だけ。

 この場で奴隷商人を殺せば、奴隷具に組み込まれた魔術がセリナの命を奪ってしまう。

 そして助ける方法は所有権を誰かに移行する──つまり競り落とすのみ。だけど、エレノアにはそんなお金はない。彼女も奴隷なのだから。


 ──エレノアは泣き虫ね。私が守ってあげるから安心して。

 ──大丈夫。私の命を賭けてでも、エレノアのことは守るからね。


 そう言ってセリナが勇気付けてくれたからこそ、エレノアはこうして生きている。

 セリナに助けられて、エギルに助けられた。

 だから今度は自分がセリナを助けたい、そう思った。

 そして助けるには、どうしてもエギルの助けが必要だった。




「まだわかりませんが、必ずセリナは取り返します」

「ほぉ、じゃあ参加するかもってことだな。まっ、俺は競り合ってくれた方が貰える額が増えていいがな」

「競り合う?」

「君は僕の邪魔をするのだな」




 セブレスチャフは先程までの優しい表情から一変、ゴミを見るような冷たい目でエレノアを睨む。




「絶対に僕が競り落とす。僕は彼女が気に入ってるんだからな!」




 そう言い残して、セブレスチャフはこの場を去っていった。




「セリナ、もう少しだけ……もう少しだけ待っててください。必ず助けますから」

「エレノア……うん、待ってる。だからお願い、助けて」

「ほら、行くぞ!」

「乱暴なことはしないでくださいね!?」

「チッ、わかってんだよ。……主に媚びを売って気に入ってもらった分際で偉そうに」




 そう言い残して、奴隷商人と、助けを求めてくれたセリナは何処かへと向かう。


 ──主に媚びを売って気に入ってもらった。


 他人から見たらその通りだ。今のエレノアはエギルの名前を勝手に出して優位に話せたが、ただの奴隷だ。

 主であるエギルがいなければ、エレノアは何もできない。

 そう思い、空を見上げた。




「強くなりたい、ですね……」




 他にも苦しんでる奴隷は沢山いる。そんな奴隷を助けられるような力が欲しい。




「ですが力が無いのは理解しています。だからまず、セリナを助けられるように頑張りましょう」




 エレノアはどうすれば助けられるかを考えながら、エギルと暮らす家へと戻っていく


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る