第4話




 エギル自身、コーネリア王国には何回も出向いたことがあった。

 かなり広い領土を保有している王国で、冒険者に与えられるクエストの種類も豊富だ。




「そんなコーネリア王国の三女様が、どうして奴隷として売られてたんだ……ですか?」




 こちらは冒険者、相手は王女様。

 エギルのぎこちない敬語に、エレノアは手を前に出して慌てる。




「敬語はお止め下さい。元であって、今のわたくしはエギル様の奴隷ですから。それでですね、簡単に言ってしまえば一緒に冒険者ギルドで活動していた幼なじみと、お二人のお姉様に嵌められたのです」

「幼なじみとお姉さんたちに嵌められた?」

「ええ、そうです」




 エレノアは自らの首に付いている鉄製の首輪を触り、

「この首輪が何かご存知ですか?」

 と聞く。その首輪についての説明は奴隷商人から聞いていた。




「奴隷が主を殺そうとしたら、動きを魔術で封じて、逆に奴隷の首を絞める首輪。さっきの奴隷商人から聞いた」




 奴隷具と呼ばれる首輪には特殊な魔術刻印が埋め込まれていて、一度でも装着されれば簡単に取り外すことができない。そして、所有者となった者に危害を加えようとすれば、その奴隷具は奴隷の首を絞める。




「これが付けられた瞬間から、奴隷であるわたくしは所有者である奴隷商人をどんなに憎んでいても殺せません。彼を殺そうとしたら、この首輪が締まって死んでしまいます」

「奴隷の自由を奪う首輪、か」

「ですが、奴隷商人がわたくしの身体を触ってこようとしてきたので抵抗しましたけどね」

「抵抗? それは大丈夫なのか?」

「はい、相手に危害を加えなければ大丈夫なのです。それからは、奴隷商人は私に手を出してこなくなりましたよ」




 ふふっと笑ってはいるが、普通の奴隷ではそうはいかない。

 逆らえば何をされるかわからない。危害を加えられないだけで強制力はないが、恐怖心は与えられるだろう。

 だから奴隷は、嫌でも所有者に従うことが多い。

 だが彼女は逆らった。ただ、そういう思考に至ったのは彼女のように死を恐れない覚悟があったからだろう。その強い意志があったからこそ、奴隷商人は金と性欲を天秤に掛けた。言い方は悪いが、死んだら“彼女”という”売り物”を失う。だから奴隷商人はエレノアには手を付けずに売った、ということか。




「それで、どうしてエレノアは嵌められたんだ?」

「そうでしたね。この奴隷具というのは一般的には手に入らないのです。そして、その日はわたくしの誕生日でした……」




 エレノアはどうして自分が奴隷として売り飛ばされたのか、その経緯を話してくれた。


 エレノアには二人の姉がいたが、両親は男が欲しかったという。だから王国を存続させるには、エレノアを含めた三人の娘に、何処かの貴族と婚約させ跡継ぎを作る必要があった。

 そして第一候補としてエレノアを、誰かと婚約させることを両親は考えた。その理由は、二人の姉の容姿の問題らしい。だが、一番最初に生まれた子供が跡を継ぐのが当然のこの世界で、三女であるエレノアの婚約者に跡を継がせるなど、おかしな話だ。

 その事をわかっていたからこそ、エレノアも身を引いた。

 元々なりたかった冒険者となり、両親に跡継ぎと婚約するつもりは無いと伝えたのだという。

 そしてその冒険者の仲間──共にギルドを設立したのが、コーネリア王国に仕えていた兵士達の息子や娘であり、エレノアの幼なじみである者達だった。


 だが問題は、エレノアの誕生日に起こった。


 サプライズプレゼントがある。

 そうギルドメンバーに言われたエレノアは目隠しをされた。

 そして首輪を──奴隷具を装着された。

 その者達がどうやって奴隷具を手に入れたかは知らない。だが、取り付けるのは簡単だ。それに信頼している相手からのサプライズプレゼントに、抵抗しようなんて気持ちにはならない。

 所有者には逆らうことができない絶対遵守の奴隷具。理由を問いただすようにエレノアはギルドメンバーを見るが、誰も答えてはくれなかった。

 だが、エレノアにだって予想くらいはできる。

 両親は結局、エレノアの美貌に惹かれた貴族の誰かに王国を任せて、そのまま跡継ぎをさせる選択を変えることはなかったのだろう。


 ──だから、二人の姉はエレノアがいなくなれば、コーネリア王国は二人のどちらかのモノになると考え、この醜い計画を実行したのだった。




「仲良しだったギルドメンバーは、お姉様方に脅されていたのか、それともお金で雇われたのか、その理由はわかりません。どちらにしろ、わたくしは嵌められたということには変わりませんから」




 エレノアはその言葉を最後に黙ってしまった。

 過去の話を聞いただけなのに、エギルには凄く苛々する話だった。




「そんなの、エレノアには関係ない。勝手に両親が決めたことであって、ただそれに巻き込まれただけなんだろ?」




 自分とは直接的に関係のないとこで勝手に話が進み、理由も分からず、地獄に突き落とされた。エギルはそれを、昔の自分と被らせてしまった。




「ですが、結局はそれだけの関係だったのでしょう。お姉様方とも、幼なじみのギルドメンバーとも」




 そしてエレノアは、強い眼差しでエギルをジッと見つめる。




「だからお願いです。わたくしは生きていたから良かったと思い忘れてあげられるほど優しくはありませんし、これで過去と決別するつもりもありません。奴隷として売り飛ばされるまで本当に恐かったのです。エギル様ではなく乱暴な方に競り落とされてたら──きっとわたくしは、犯されるのを拒否して自ら死を選んでおりました。だからエギル様、どうか復讐に協力してはくれないでしょうか。お願いします」




 金色の髪を肩から落とし頭を下げるエレノア。

 何事も無かったのは彼女の度胸があったからであって、もし、エレノアに乱暴するような奴が所有者となっていたなら、おそらく彼女は犯されるか、自ら奴隷具で死を選ぶかの二択を迫られていただろう。

 だからエレノアは許せないのだろう。二人の姉も、信頼していたギルドメンバーである幼なじみも。


 エギルは手に持っていたマグカップをテーブルに置いて答えた。




「俺で良ければ構わない」




 その言葉に、顔を上げたエレノアは驚いていた。




「ほ、本当ですか!? でも、よろしいのですか……? わたくしからお願いしたことですが、コーネリア王国にばれてしまえば、エギル様の身に危険がおよぶかもしれません」

「問題ない。俺は冒険者だ、追われるようなことがあれば別の村や街に行けばいい、それに、誰にも殺されるつもりはない」




 王国の騎士が何人も束になろうと、簡単に殺されるような鍛え方はしていない。騎士よりも魔物の方がよっぽど強敵だ。

 それに、エギルは彼女の悲しむ表情が見ていられなかった。




「きっと俺は、エレノアに一目惚れしたのかもしれない。君のお願いは、断りたいと思えないんだ」

「エギル様……」

「ずっと魔物ばかりを相手にしていたから惚れやすいのかもしれない……だけど、なんだろう。わからないけど君は特別なんだ」




 少し照れくさくて黒髪をいじりながら伝えると、エレノアはジーッとエギルを見て何も言葉を返してこなかった。

 だから不安になって、少しだけ言葉を付け加えた。




「俺は誰でもいいとかじゃない。いや、確かに女性慣れしてないんだが──」

「ふふっ、違うんです。初めてだったので、少し驚いてしまっただけです」

「えっ?」

「面と向かって特別だと言われたのがです」




 頬をうっすらと赤く染め、少し涙目になっていたエレノアを見て、エギルはすぐさま視線を下げた。




「だが、エレノアみたいな綺麗な女性だったら、こんな言葉、今まで沢山の奴らに言われてきたんじゃないのか?」




 そう言うと、エレノアから明るい声色で、

「隠すつもりはないので言いますが、そういうのは沢山言われてきました」

 と正直で清々しい言葉が返ってきた。だけどエレノアは言葉を続けた。




「ですが全く嬉しくはなかったのです。それはコーネリア王国の三女であったから言われたのですから。きっとわたくし自身、人の言葉を信じていなかったのかなと思います」

「……そうか」




 エギルには理解できない経験を、彼女は嫌ってほど味わってきたのだろう。

 そう思い、エギルは首元に付いた奴隷具を指さす。




「その奴隷具を外そうか」

「えっ、外すのですか?」

「別に逃げたければ逃げればいい。苦しいだろ? それにこれも渡しておく」




 エギルがテーブルに置いたのは手のひらサイズの装置。これは奴隷商人から渡された『起動術式』という、奴隷具を遠隔で起動する装置だ。

 もしも所有者の側から奴隷が逃げ、捕まえるのが不可能だと判断した時に、自分の手で起動できる。

 そして奴隷具を解除する方法は、その所有者にしかできない。

 だが奴隷具は上書きすることができる。つまり、新しい奴隷具を装着すれば、その所有権は新しく装着した者に変わる。一応の抜け道。だが結局は奴隷から解放されることはないのであまり行ってる者はいない。それに、ほとんどの奴隷は監禁されていて逃げることは難しい。

 だからエギルも、エレノアを他の誰にも渡したくないのであれば、彼女を監禁しておけばいい――が、エギルは奴隷具を外し、遠隔で起動できる起動術式も、エレノアに渡そうとした。




「どうしてですか? わたくしが逃げるとは思わないのですか?」




 エレノアは不安そうな表情をエギルに向ける。

 だが返す理由は決まっていた。




「疑って生きるよりも、信じて裏切られたほうがいいんだよ、俺は」




 笑って答えた。この言葉は、あの日のエギルを変えた言葉だった。




「ほんと、変わった方ですね……」




 エレノアは優しく微笑み、ゆっくりと首を横に振った。




「ですが、これは外さなくて大丈夫です」

「怖くはないのか?」

「はい。わたくしはエギル様を信じておりますし、エギル様の命令なら……全て従うつもりですから」

「それって……」




 少しの沈黙。そしてエギルとエレノアの視線が重なったが、すぐにエギルの視線はエレノアの脚からゆっくりと上がっていく。

 細く白い脚。引き締まった腰。大きな胸元。

 少し頬を赤く染めた彼女は、エギルの視線を受けてどのように感じているのだろうか。もし同じであれば、ここは押して──主の味を奴隷に教える必要があるのではないか。

 そう思ったが、




「そうだ、そんな服よりも何か新しい服を買いにいこう」



 話をそらしてしまった。そしてエレノアは慌てて、




「えっ……あっ、よろしいのですか?」




 エギルは首を縦に振って頷く。

 強敵とも呼べる魔物にも臆することなく立ち向かうエギルは、何もできずに終わった。

 結局のところ、エギルの脳内には性欲よりも、ずっと失っていた男女の恋愛というのに憧れたのだろう。だからこそ、求められているのかどうかもわからない状況で、何もできなかったのだ。




「エレノアには綺麗な服を着てほしいんだ。ついでに美味しい料理でも食べてこようか」

「エギル様がよろしいのでしたら……わたくしは喜んでご一緒させていただきます」


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