第5話



 ここは街中にある服屋だ。

 男性物も女性物も数多く揃っていて、中には高価なドレスだってある。




「そういえば、エレノアは冒険者だよな?」

「はい、そうですよ」




 そこで、服を試着しているエレノアに、エギルはカーテン越しに問いかけた。

 カーテンで区切られた奥からは肌と服とが擦れる音が聞こえる。そして、カーテンから少し離れたとこで立つエギルは腕を組みながら内心ドキドキしていた。




「じゃあ、エレノアも冒険者カードを持ってるのか?」

「はい、持ってますよ。えっと……これです」




 カーテンの下から小さなカードが出てきた。

 冒険者は、その者のランクと所属ギルドが記された冒険者カードというのをいつも身に付けなければいけない。

 その理由としては、冒険者カードが無ければ入れない村や街があったり、難易度別のクエストを受注するのに必要だからだ。

 そしてエレノアの冒険者カードに記されていたランクはC。可もなく不可もなくといったところだった。

 だが、コーネリア王国のお姫様としては、このランクは高いといえる。

 そして、エギルが冒険者カードを見ていると、目の前のカーテンが開いた。




「エギル様。どう、でしょうか?」




 カーテンを開けたエレノアは、頬を赤く染めてクルッと一回転した。

 キラキラと光る小さな宝石が散りばめられた黒色のドレス。肩から足首まで覆ってはいるが、ふっくらとした足下というよりは、ほっそりとされているため、着太りしている印象は受けない。

 それに胸元を大きく開いているから豊満な胸が露わになって、先程まで着ていた奴隷服よりも大人っぽく感じられた。




「すごく、綺麗だ……」

「ほ、本当ですか? 良かった……」




 お世辞抜きで綺麗だった。だが、




「エレノアの職業は何だ?」




 服屋へと向かう道中、エレノアから一緒に冒険者として戦うことを望んでいると言われた。

 元から冒険者になりたくて冒険者になったのだから、エギルが許してくれればもう一度、冒険者として活動したかったらしい。

 それに関して断る理由はなかった。エレノアと一緒に冒険できるなら一人よりも楽しいし、彼女が自ら望んだことなら拒む理由はなかったからだ。

 だけど冒険者となれば、一人一つの職業を持つことになる。エレノアが前に出て積極的に近接戦闘を好む前衛職なら、あまり走り難い格好はさせるべきではない。

 だが、エレノアは黒ドレスに合う黒い靴を履き答える。




「わたくしの職業は聖獣師セイントフォースです」

「聖獣師か……珍しい職業を選んだな」

 聖獣師は聖獣と呼ばれる、長年人間を守ってきた獣の霊を現世に召喚して力を借りる術を得意とする職業。豊富な魔力を消費するため、一発は強いが連発するのは難しいと言われていて、あまり人気がない職業だ。

 だけどエレノアは、ニッコリと微笑んだ。




「わたくしは好きですね。聖獣さん、とても可愛いですから」

「可愛い? まあ、エレノアが気に入ってるならいいか。ならその格好でいいな」

「ありがとうございます。この恩は必ずお返ししますので」

「いや、別にいいさ。じゃあ俺は会計してくるから」

「はい。あの……」




 突然、エレノアはエギルの手を掴んだ。




「エギル様の冒険者カードも、良ければ見せていただけないでしょうか? どれほどの実力なのかを知りたくて……」

「別にいいが」




 エギルはエレノアに自分の冒険者カードを渡して、支払いを済ませに行く。

 自分の服すら買わないエギルは、ドレス一着がこんなに高いのかと驚いた。

 そして戻ると、エレノアはエギルよりも驚いた表情をしていた。




「どうした?」

「えっ、あの……エギル様って、Sランク冒険者だったのですか?」

「まあ、冒険者としての才能があったらしくてな。かなり頑張ったんだ」

「えっと、頑張ってなれるものなのでしょうか。それにギルド表記されてないということは、エギル様はソロなのですよね? ソロでSランクは……」

「……まあ、ギルドに誘われなかったからな」




 エギルはあまり話したがらずに、苦笑いを浮かべて店の外へと向かう。




「そんなことより、夜ご飯にしないか?」

「あ、はい。今行きます!」




 新しく買ってあげたドレスを着たエレノアが横を歩くと、なんだか新鮮な気分だった。








 ◆










「先に風呂に入ってきていいよ」




 外で食事を終えて帰ってくると、エレノアを先に風呂へ入るように促した。

 別に変な意味ではなかったが、お酒を呑んだこともあって、エレノアは少し顔を赤く染めながら、

「わたくしは後でいいので、お先に……どうぞ」

 とエギルに譲った。


 気を使わせてしまったのだろうか。エギルはそう思い、

「じゃあ、先に入らせてもらおうかな」

 エレノアをソファーに残して、エギルは浴場へと向かった。


 戦う為に揃えた厚着の服を脱ぎ捨て、タオル一枚で浴場へと向かう。

 家が高級だからといって浴場は広くはない。それに一人なら別に狭くはない。

 そう、エギルは思っていたのだが。




「……エギル様。お背中を洗わせていただきますね」

「えっ!?」




 エギルが入口の扉を振り返ると、そこには生身にバスタオルを体に巻いたエレノアがいた。

 さっきよりも頬を赤くさせて、どこかトロンとさせたブルーの瞳は、見ているだけで魅了させる雰囲気があった。

 スラリとした腰も足も、バスタオル越しでもわかるほど細いのに、胸元だけはインパクトのある大きさ。


 そしてペタッ、ペタッ、と濡れた床を彼女の足が音を鳴らしてこちらまで歩いてくると、エギルの心臓も、アソコも、限界状態だった。




「な、なにしてんだ、別にいい……」

「わたくしはエギル様の奴隷ですから、これぐらいはさせてください。それに、色々と良くしていただいているのに、何もしないのはわたくしが堪えられません」




 プライドといった類だろうか。だがこれは……。

 と悩んでいる間に、エギルの背中までエレノアは歩み寄っていた。




「もう少し浴場に近付いていただいても、よろしいですか?」

「……酔ってるのか?」




 浴場へと近づき、椅子に座りながら問いかける。

 耳元にはエレノアの顔。そして荒い吐息が届いてくる。




「少しだけ、酔っております」

「だからこんな積極的なのか。別に自分で洗うからーー」

「駄目です。わたくしが洗わせていただきます」

「なぜだ?」

「……嫌、ですか?」




 嫌なわけがない。

 と言いたいが、このままではエギルの理性が保たない。少しの沈黙。それを破ったのはエレノアだった。




「わたくしはエギル様の奴隷です。絶対服従の奴隷です。なのに今日、エギル様はわたくしに何もしてきませんでした」

「それは……」

「わたくしには魅力がありませんか?」

「そんなことは、ない。エレノアは凄く素敵な女性だ」

「……ありがとうございます。ただ、わたくしにはもう、戻れる場所がないんです。奴隷商人に売られたあの日、エレノア・カーフォン・ルンデ・コーネリアというわたくしは消えて、奴隷のエレノアに変わりました。……ズルいかもしれませんが、わたくしはもう、エギル様と一緒でなくては生きられないんです。一人で生きるのは怖いのです」

「エレノア……」




 背中にピトッと両手が触れている。

 そして顔だけを振り返らせると、少し悲しそうなエレノアと目が合った。




「どうかわたくしに、もっとエギル様のことを教えてください。一生エギル様に絶対服従を命じられても苦じゃなくさせてください。わたくしは、エギル様を心の底から愛したいのです」

「……俺を好きになったら、エレノアは幸せになれるのか?」

「きっと幸せだと思います。エギル様と一緒に冒険して、エギル様と一緒に食事をして……エギル様と一緒に、激しく愛し合うのです。もしエギル様もわたくしを愛してくれれば──お互いが愛し合った状態なら、それはきっと凄く幸せだと思うのです」




 エレノアはおそらく、エギルとこれから先も共にいる事を望んでいるのだろう。

 それはエギルの冒険者としてのランクを見て、この人は強いから守ってもらいたい、という気持ちがあったのかもしれない。だけどエレノアにとってエギルは、もしかしたら特別な存在になれるのかもしれない。

 王国には二人の姉がいるから帰れない。またいつ幼なじみや姉に狙われるかわからない。

 エギルから離れてまた奴隷具を付けられて売られたら、そして次の主人が最悪な奴だったら──。

 お酒が入ったからこそ、奴隷商人に反抗したという彼女ではなく、弱い部分のエレノアがポッと出てきたのだろう。正真正銘の、これが彼女の弱音だと思う。




「エレノア……」




 信じたもの全てに裏切られたあの日、女性と奴隷を毛嫌いしたエギル。だがエレノアは、自分を奈落の底へ落した――奴隷の彼女とは違う。

 彼女はエレノア。エギルが愛した女性。だからずっと我慢していた感情が爆発した。







※Rー18

Rー18部分には同じペンネーム同じタイトルでpixivに投稿してます。


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