第24話




 どこにいても争いは起きる。

 他者と争うのはきっと、人という存在が生まれ持った本能なのだろう。

 そしてフィーは、そんな争いでたくさんの者の死を見てきた。




「……あなたは、誰かのために死ねる?」

「なに?」




 フィーの視線は、クルドではなくモルドレットと戦っているセリナへと向く。

 男女の違い、筋力の違い、どう考えても分の悪い戦いなのに、彼女は一歩も引くことなく立ち向かう。それどころか、押していた。

 だからフィーは考える、セリナは何のために戦うのかを。

 それはきっとエレノアのため、そしてエギルの元へ帰るため。だけどなぜ、人のために彼女は死ぬかもしれないのに戦えるのか、フィーにはわからなかった。

 考えても考えても自分にはわからない。だから聞いたのに、




「ははっ。何を聞いてくるかと思えば……。死ねるわけないだろ?」




 クルドは馬鹿にするように笑った。




「そうだよね。うん、それが正しいのかも」




 納得できたから無表情のまま、フィーは頷いた。




「人は我が身が一番。わたしもそう」

「君はさっきから何を言ってるんだ?」

「……わからない、だから聞いた。だけど聞いても、やっぱりわからない」

「頭のネジが外れた子か。 僕の嫌いなタイプだよ、馬鹿は。だから奴隷堕ちするのかな」

「そうかもね。だけどわたしは、あなたが賢いとも優れてるとも思わない。あなたは他の人と同じ。その他大勢」

「……君は、僕を馬鹿にしてるのか。そうか、そうなんだね。僕には理解できない言葉だったから気付かなかったよ」




 眼鏡の位置を直したクルドはため息をつく。

 フィー自身も何故こんな質問をしたのかも、このことに疑問を抱いたかも不明だった。だから彼女の言葉通り、わからないから質問したんだ。だけどしっくりくる答えは、やっぱり返ってこなかった。





「……それも、そうか」




 目の前の男は、これまで見てきた哀れな人々と同じだ。だからわかるわけない。同じく哀れな自分が分からない答えを。




「もういいかな? 馬鹿の相手をしてると、こっちまで馬鹿になりそうだ」

「うん、そうだね。わたしもわからないから、二人に聞くことにする」




 フィーは右手を水平に上げると、その上に一羽の鳥が止まった。その姿を見たクルドは、お腹を抱えて吹き出した。




「ははっ、ははははっ! そうか、調教師か。僕も何回かその職業の冒険者を見てきたけど、戦闘には不向きだよね。そんな小さな鳥でどうするつもりなのかな?」




 何もできない、そう思ってるのだろう。たしかに調教師は戦闘には不向きだし、一対一で戦うことなんてしない。だがそれぞれの職業には戦い方がある。




「フェニックス、行って」




 肩に乗せた小さなフェニックスをクルド目掛けて放つ。




「そんな鳥なんて無視すれば——」




 フェニックスに視線を向けていたクルドは言葉を止める。




「なに?」




 彼の視界を塞いだのはフェニックスではなく、勢いよく走り出し距離を縮めたフィーだった。懐に潜り込み、そのまま腹部を拳が殴打する。




「んなっ……!?」




 腹の中の空気が漏れ出すような声を発したクルドだったが、フィーは更に一撃、もう一撃と殴打を繰り返していく。

 無感情で無表情で無慈悲な拳と蹴りが、クルドを圧倒する。その最中、フィーは思い出す。

 過去の自分がしてきたこと。過去の自分が殺してきた人の顔。——そして自分に生きる意味を与えてくれた、元主の顔を。




「さようなら」




 拳を握りしめ、腹部に重く速い一撃を放つ。




「くはっ……はあ、っあ……な、なんで……あくっ」




 地に伏せたクルドはフィーを見上げるが、彼女は冷めた瞳を返す。




「あなたには興味ない。今のわたしと一緒で無価値だから。だけど、あの三人には興味がある。どうしてあんなに……。いや、あなたに話しても意味ないね。じゃあ」




 ピクリとも動かないクルドから視線を外すと、フィーはエレノアを見る。

 もしかしたらエレノアやセリナ、そしてエギルと一緒にいたら、自分の中で消えた大切にしていた感情を取り戻せるかもしれない、そう思った。

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