第16話




「話せたら?」

「……存分に喰らってきなさい、悪神九尾!」




 疑問を聞き返す間も与えないまま、華耶は悪神九尾に命じ、戦場に放った。

 悪神九尾はエギルらを飛び越えると颯爽と大高原を駆け抜け、次々と終の国の者たちをねじ伏せていく。

 その姿は化け物と称するのが正しいだろう。しかし。




「──ッ!」

「華耶、大丈夫か!?」




 突如、華耶は胸を押さえてしゃがみ込み、苦悶の表情を浮かべた。

 顕現した悪神九尾の力はたしかに強力だ。けれど、強い力というのは何かしらの悪い部分があるもの。

 エレノアの聖獣師でいえば、強力な聖獣であればあるほど、召喚者の魔力を吸い取り、使い過ぎると立ち眩みのような症状を引き起こす。

 今の華耶はエレノアの魔力切れに近い状態だ。

 召喚してすぐに立っていられなくなるのは、彼女の保有魔力が足りないのか、それとも、何か別の代償によるものだろうか。

 どちらにしろ、この戦況が長く続くことは望ましくない。早急に切り上げなくてはいけない。

 エギルは無数に展開した剣で終の国の者たちを一掃していく──が。




「……来た、みたいね」

「……何か来た」




 華耶とフィーは同時に何者かの接近をエギルに伝える。

 こちらへ真っ直ぐ、周囲に目もくれず向かってくる二人の少女。

 エギルは不気味だと感じた。なぜならその二人は気味の悪い白塗りのお面で顔を隠しているからだった。

 髪の短い少女のお面には太陽のマークが、胸元まで髪を伸ばした少女には月のマークが刻まれていて、華耶と同じような生地の薄い衣を身につけている。




「なんだ、あいつら」

「あの二人は終の国側の連中で、私たちは太陽の少女と、月の少女って呼んでるわ──おそらく、エギルさんと同じフェゼーリスト大陸の者よ」

「俺たちと同じ?」




 ということは冒険者なのだろう。であれば、雇い主がいるはず。そう思って歩み寄ろうとすると、




「来るわ」




 二人の少女はエギルを──いや、華耶に狙いを定めた。




「標的──」

「──見つけた」




 感情を失った抑揚のない声を発して、二人の少女は、華耶との距離を一瞬で詰める。

 太陽の少女は細く長い刀を振り上げ、月の少女は逆手に持った二本の小刀を華耶へと向ける。

 躊躇いのない攻撃。エギルは華耶を守ろうと生成した剣で防ごうとし、フィーは拳を二人へ突き出そうとする──だが、




「二人とも、離れて!」

「なに!?」

「えっ?」




 華耶が後ろへ下がるのを見て、エギルとフィーは動きを止める。

 振り下ろされた太陽の少女の刀が地面に触れると、破裂音を生んで地面が爆発し、周囲には土や草が飛び散る。

 一方、月の少女が振り上げた二本の小刀。刀身には一本の細いくぼみがあり、紫色の液体が流れていた。




「あれは……」

「太陽の少女の持ってる刀は触れたモノを爆発させ、月の少女が持ってる小刀は肌が触れたら即死する毒が塗られてるのよ……あれに近付いたら駄目」




 おそらくは職業が付与した力だろう。だが、そんな力を有した職業をエギルは聞いたことがなかった。

 近しい職業であれば、対象に爆発に近い衝撃を与える《爆裂士》と、あらゆる状態異常の効果を与える毒を扱う《薬士》が近いが、ここまで強力ではない。


 ──俺と同じSランク冒険者なのか?


 エギルは疑問を持ったが、太陽のお面を付けた少女は自分よりも重そうな刀を引きずり、月のお面を付けた少女はすぐには行動せず華耶の様子を窺っている。

 一撃で華耶を仕留められなかったということは、Sランク冒険者になりえる素質はないのだろう。

 力はあるが使用者自身の戦闘経験は乏しい。であれば、この力は一体なんなのか。




「エギル、どうする?」




 二人の少女に囲まれた華耶をフィーは庇うように立ち塞がりながら、離れた位置からじりじりと詰め寄るエギルに問いかける。この二人の少女の雰囲気は死人連中と似ているが、明らかに生きた人の気配が感じられる。




「こいつらがいるから、華耶たち湖の都は苦戦してたのか?」

「ええ、そうよ。この二人を九尾が相手していたから苦戦してたの」




 遠くでは九尾が暴れていて、戦況は覆したと思えるが、もしエギルたちがいなければ、二人の少女に九尾はつきっきりで、こうはなっていなかっただろう。

 エギルはゆっくりと息を吐き、群がる死人に向けていた無数の剣を異空間にしまう。




「対話は、できるか?」




 二人の少女に問いかけるが、彼女らはエギルを無視して華耶に狙いを定める。




「まずはこっちを向いてもらおうか──無限剣舞」

「「──っ!」」




 二人の周りに一気に大量の剣を生成する。

 四方八方から剣先を向けられた二人は暴れるようにして、その奇妙な力を持った剣を振り落とそうとするが、人間は全方向を見えるわけじゃない。隙は必ずどこかに生まれ、体力にはいつか限界がくる。だからエギルは二人が疲れ果て、動けなくなるのを待ち続ける。




「壊しても壊してもキリがない」

「こちらの動きが鈍るのを待ってるのでしょう」




 抑揚はないものの、頭を使い考えているのがわかる。




「ああ、そうだ。子供を殺すのは気が引けるが、これが争いだ。それを知っていて来たんだろ?」




 対話ができると思い剣の動きを止めると、華耶へ向けていた二人の視線がエギルを捉えた。




「この人、あれだ」

「おそらく、そうでしょうね」

「なに?」

「「──レヴィアが言ってた奴だ」」




 エギルは一瞬だが聞き間違いではないかと疑ってしまうほどに、突然その名前が出てきたことに驚いた。

 クエスト《ゴレイアス砦侵攻戦》の仲間殺しの犯人で、魔物を操るSランク冒険者にして闇ギルド《終焉のパンドラ》のレヴィア。その彼女のことであれば、この二人も闇ギルドの人間という推測が正しいだろう。




「お前らは彼女の仲間──もしかして、闇ギルドの連中か?」

「お前のことはレヴィアから聞いてる」

「私たちと敵対する者──私たちの目的を阻もうとする者でしょう」

「否定しない、か……」




 ということは、予想は当たっていたということか。




「目的はなんだ? 闇ギルドの連中はこの大陸までも支配しようとでも言うのか?」

「そんなのに興味はない」

「私たちの目的は、その女に刻まれた悪神九尾の力だけ」

「刻まれた?」




 二人の少女が指差したのは華耶だった。

 そして、華耶は二人の少女に質問する。




「……それは、あの傀儡師の命令でしょう」

「そうだよ。全てガイの命令」

「命令を遂行すれば、私たちの目的を叶えてくれるでしょう」




 そう答えた二人の少女は背中を向け、




「今日は帰ろう」

「これ以上はこちらに不利です。そうしましょう」




 二人の少女は立ち去ろうとする。エギルは右手を伸ばす。




「何を帰ろうとしてる。逃げられると思うのか?」

「思う。だって、アナタはアタシたちを追えないから」

「それも、レヴィアから聞いてますから」

「なに?」

「エギル!」




 フィーの声を受け、エギルが振り返ると、華耶が倒れていた。

 エギルは慌てて駆け寄ると、呼吸が荒くて肌が青白い。貧血に似た症状だった。




「大丈夫か、華耶!?」

「エギル、さん……その二人を」




 二人の少女を追うように差す指先は震えていた。

 掠れた声で、逃がさないで、追って。そう言っているようだったが、今の華耶を放置することはできない。




「またね」

「それでは、また会いましょう」




 二人の少女は背を向け姿を消す。剣を生成して足を止めても、無駄な力を使うだけだろう。

 二人を止めるべきか。その答えは考えるまでもない。




「大丈夫か、華耶」




 抱きかかえた華耶は何か言いたげだが、すぐに申し訳なさそうにする。




「……ご、ごめんね、エギルさん……もう少し待てば、良くなるはずだから……いつも、そうだから……だから少しだけ、眠らせて……」

「おい華耶!? おい!」




 エギルが呼んでも、華耶から返事はない。すると、白ウサギと黒猫を呼び戻したフィーは慌てることなくエギルに言う。




「……エギル、意識を失ってるだけだから大丈夫。だけど、急いで華耶を御殿にある九尾の社に連れて行ったほうがいい」

「九尾の、社……?」

「……説明は後でする。案内するから急いで」




 フィーはそう言って走り出した。エギルは華耶を抱き上げ、フィーの後に続いた。

 闇ギルドに所属してるであろう太陽と月のお面を付けた二人の少女。

 その二人に命令してるであろう、傀儡師ガイという謎の存在。そして連中が狙ってる悪神九尾という謎の力。

 そして突然、眠ってしまった華耶。




「どうなってんだよ、本当に」




 たった一日で色々な出来事が起きて、その情報量を整理することができない。エギルは急いでフィーが案内してくれる、九尾の社へ向かうが、フィーはふと、足を止めた。

「フィー?」

「この人、たしか……」




 フィーの視線の先には、動かなくなった終の国の死人兵がいた。その表情は人間としての最期を迎えられたと、少しだけ安心しているようだった。

 その死人を見て、フィーは固まっていた。

 どこか、いつも見てきたフィーとは違う、なにか──。




「……なんでもない。ついて来て」

 だが、フィーは再び走りだす。エギルはフィーの考えに気付けぬまま、目的地である九尾の社と呼ばれる場所へと向かうのだった。











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