第24話




「──エレノアさんを競り落とした時は驚きました。あんなに奴隷にも、女にも、あまり良い印象を持っていなかったエギル様が、あなたに一目惚れしたのですからね」




 ゲッセンドルフは自分が知っている情報を全てエレノアに伝えた。

 そしてゲッセンドルフとハボリックは、まるで自分のように嬉しそうに笑っていた。




「……エギル様の支えになれれば、わたくしも幸せです」




 エギルは人を幸せにすることで自分が幸せになれるのだろう。だからエレノアは、自分自身が幸せになって、人に幸せを振り撒くエギルにも、幸せになってもらいたいと思った。

 そして、エレノアは黙って話を聞いていたセリナを見た。




「これがわたくしたちのご主人様です。他の方と一緒では、ないでしょ?」

「……うん、そうだね。……ごめん」

「簡単に信じろというのは無理だと思います。ですが、エギル様だけは他の男性と違うと知ってほしいのです──そして、わたくしと同じで、何かを失ったセリナも幸せになってほしいのです」

「エレノア……ありがとう」




 また泣き出しそうになるセリナ。エレノアは頭を撫でる。




「あと、そうでした……」




 ゲッセンドルフは何かを思い出したようで、




「エギル様に伝えてください。頼まれていた情報を入手したので明日、いつものところで待ってます、と」

「は、はい……」




 頼まれていた情報。エレノアはすぐに気づいた。




「わかりました。何から何までありがとうございます」

「いえいえ、では自宅まで送りますよ」




 そう言って、ゲッセンドルフとハボリックは、エレノアとセリナを送ってくれた。エギルの待つ家へ。














「これで支払いは終わりだな」

「えぇえぇ、ありがとうございました」




 支払いをするため、エギルと奴隷商人は人気の少ない場所まで移動してきた。

 家屋と家屋の間に隠れるように入り、奴隷商人は笑顔のまま、少し視線を下に向けボソっと、




「……別に現金じゃなくていいだろ」

「ん、何か言ったか?」

「いえ、何でもないですよ」




 両手を振って何も言ってないとアピールする奴隷商人。エギルの耳にはっきり聞こえていたが、無視することを決めた。

 奴隷商人が受け取ったゴールドの量はかなりあるため、誰だって直接は受け取りたくないだろう。だがエギルは、あえて直接の支払いを選択した。

 それに奴隷商人は勿論、嫌がった。それは自分の身が危険になるからだ。




「あ、あの……どうして直接お支払いをしようと思ったのですか?」

「ん、別に理由はないんだが、こうやって現金で渡された方が量の多さを実感できてお前も嬉しいだろ? このまま街にも支払わないといけないしな」

「まあ、一度銀行にゴールドを入れてしまったら、色々と手続きが面倒ですからね……だけど」




 銀行から少し離れた家屋の裏で、まるで密会のように金の受け渡しをする。

 このまま移動するのは辛いだろう。なにせ、目の前には箱に詰められたゴールドの山が四箱あるのだから。

 なので奴隷商人はエギルにお願いをする。




「あの、もし良ければ、少しの間だけでも私の護衛をしてくれないでしょうか?」

「護衛? どうしてだ?」

「まあ、一度でこんなにゴールドが手に入ったので、奴隷商人を辞めて別の街で優雅な生活をしようかと……それで、別の銀行にゴールドを移すことができないのは知ってますよね?」

「……ああ、知ってる」




 別の街にゴールドを移動できてしまうと、一部の街だけゴールドが豊かになって、一部の街にはゴールドが足りないという状況が作り上げられてしまう。

 だから各街にある銀行では、どこでも引き下ろせるような情報共有がしっかりとされた便利な機能はない。

 なので、ゴールドを別の場所へ持って行きたい時は、方法は様々だが、誰しもが運搬しないといけない。

 そして奴隷商人は、その運搬の護衛をエギルにお願いしたいのだろう。




「報酬は弾みますので、どうか別の街へ到着するまで護衛をしていただけないでしょうか?」

「別に、この街にいたらいいだろ? ずっとこの街にいたんだろうしな」

「そ、それはそうですが……。先程から視線を感じるのですよ」




 小さな声でそう言うと、奴隷商人は辺りを見渡す。

 奴隷オークション参加者なら、この奴隷商人が一瞬で大金持ちになったのは知っている。それに、ここまで大量のゴールドを運んだのを見てる者も少なからずいるだろう。

 だから彼は今、大勢の人間に目を付けられている状況だ。




「だが何で俺なんだ? 受け取った時にすぐ、どっかのギルドにでも依頼すれば良かっただろ」

「それは……まあ」




 答えずらそうにしているので、エギルはわざとらしく頷いた。




「ああっ、そうかそうか。奴隷商人は貴族連中と仲が悪いんだったな──貴族の娘を攫って奴隷として売り払うから」

「そ、それは……」

「貴族は金持ちだ。そんな貴族から仕事を受けている冒険者は大勢いる。だから──貴族が嫌っているお前らから仕事を受ければ、その冒険者はもう、貴族からの仕事を受けられないよな?」

「……」




 貴族の地位は世界中どこでも高い。

 それは上流階級の貴族達が与える貢献度が、どの街でも高いからだ。

 その貴族の娘たちは比較的に綺麗な者が多いが、世間知らずな者も多い。だから奴隷商人は、裕福な家庭で育った娘達を攫って奴隷にする。

 整った顔付き、清潔感のある体、幼い頃から学ばされた上品な作法。

 貴族出身というだけで欲しがる買い手はいくらでもいる。

 いつも自分たちを見下していた貴族の娘を奴隷にしたい。そんな歪んだ考えを持った者も少なくないだろう。

 だからこそ、貴族は奴隷商人を憎んでいる。貴族の権力があれば、奴隷商人など皆殺しにして、この世界から消すことは簡単だろう。

 ではなぜ奴隷商人と奴隷オークションがこの世から無くならないのか、それは、その街々に落札額から多額の金を街に納めているからだろう。

 貴族と奴隷商人が一悶着を起こさないのは、街がお互いの存在を遠ざけているからだ。

 だから貴族と奴隷商人は仲が悪く、奴隷商人から仕事を受ければ貴族から仕事を受けられなくなるので、奴隷商人から仕事を受ける冒険者は少ない。

 エギルに断られたら、本格的に身の危険があると気付いた奴隷商人は、額から汗を流して、媚びを売るような笑いを浮かべる。




「ほ、報酬は400万ゴールドでお願いします!」

「へぇ、400万ゴールドか。今回の落札額の1/3だな」

「は、はい。どう、でしょうか……?」

「そうだな、ところでもう一度聞くが、俺は自分の口から強いなんて言ってないよな? なのになんで俺に頼むんだ?」

「それは勿論、以前あなたに落札してもらった『あの奴隷の女』から、あなたがSランク冒険者だと聞いて──」




 エギルはその瞬間、奴隷商人を殴っていた。

 小さくて痩せ細った体は、遥か遠くまで転がっていく。

 もう少し情報が欲しかったのだが、体が勝手に動いてしまった。それはおそらく、エレノアのことを『あの奴隷の女』と呼んだから頭にきたのだろう。




「お前らが、幸せだった彼女らを奴隷にしたんだろ」

「うっ、ううう、い、痛いっ、顔が、顔がっ!」

「お前らがいなければ、エレノアもセリナも幸せだったんだ、それに──」




 メイド服を着た少女の悲しい顔が頭に浮かんだ。だが今はいい。

 吹き飛んだ奴隷商人が顔を抑えながら悶え苦しんでいる、そしてエギルは近付いて見下ろした。




「だが、二人に出会えたのはお前のお陰だ。だから、俺はお前を殺さない」

「ひっ……ひいっ」




 涙を流す奴隷商人はエギルを見て脅えていた。

 そして背中を向けて歩きだす。




「どうせ、お前はこれから二つの種類の人間に殺されるんだからな」

「えっ、あっ……あっ、ああっ」




 それで全てを察したのか、言葉にならない声が背中から聞こえる。

 そしてエギルが去るのを待っていたかのように、第三者──いや、ここで待っていた大勢の者たちの声がエギルのもとまで聞こえて来た。




「……よくも、よくも私の娘を……私の娘を返せッ!」

「ひぃ!」

「お前たち、報酬は好きなだけ払おう。その代わりこいつから娘の所在を吐かせ、この男に──この腐ったドブ鼠に、死にたくなるほどの苦痛を与えろ!」

「かしこまりました、旦那様」

「ま、まって、まってくださいッ! 助けて、助け──ッ!!」





 エギルは振り返ることすらせず立ち去る。


 奴隷商人に渡した金は必要ない。

 その金はセリナを救った金だから。

 もうコイツの手に触れた時から必要のない金となってしまった。

 ゲッセンドルフとハボリックには、しっかり働いて綺麗な金で返そう。




「これで二人が、脅えて暮らす心配はなくなったか」




 少しだけど、仇は取れただろうか。

 いや、この世界には奴隷商人という職業の奴らはまだまだいる。その者達がいる限り、二人は永遠に辛い過去を思い出すだろう。




「……奴隷商人がいなくなれば」




 エギルは帰る。二人が待つ家へと。












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