第23話




 エギルは幼い頃は弱虫な少年だった。

 男らしい二人の兄がいたが、エギルは全くといっていいほど性格も体格も違った。

 兄たちと比べてエギルは内向的でひ弱、近所に暮らす女の子にすら、喧嘩で負けてしまうほどの貧弱な体格だった。


 そんなある日、エギルは偶然立ち寄った王国の王城で、同い年くらいのメイド少女と出会った。

 エギルは、彼女に一目惚れをした。

 いつもは二人の兄の背中に隠れるような弱虫なエギルが、その少女に会う時だけは、いつも男らしく見せるように努力していた。

 そして、エギルはその少女と仲良くなることに成功した。

 別々の王国に暮らしていた二人は、月に一度、エギルが少女の仕える王城に訪れる時、必ず会って話しをするような仲になっていた。


 ──だが、エギルが一二歳になった頃、少女は突然、エギルの前から姿を消してしまった。


 会うことができなくなったエギルと少女は、別れる前日に喧嘩をしていた。

 その理由は、年上の怖い人達に絡まれたとき、少年は少女の手を引っ張って逃げてしまったからだった。

 自分では勝ち目がない、それでも、彼女を助けたいと思ったエギルなりの選択だったろう。

 だけどそれを、少女は『カッコ悪い』と、そして『男なら守ってよ』と言った。

 本心ではない、それは今のエギルならわかる。

 守ってもらいたかった。少し期待と違った。

 少女はそう思って言ってしまったのかもしれない。

 だから、いなくなってしまったことを自分の責任だと思ったエギルは、とてとショックを受けてしまった。

 そして、次に会う時に見返せるように強くなろう、そう誓った。強い男になって、また。

 だがエギルが、少女と会える日が訪れることはなかった。

 また来月。また来年。また……。

 そう思いながら、エギルは少女と会うことなく一八歳になった。

 その頃には、エギルは昔の面影もないほどに逞しく、男らしい男性になっていた。

 そしてエギルは、冒険者になることを決めた。

 最初はEランク冒険者として、弱いなりにも成長していった。


 そんなある時──エギルは運命的な再会を果たした。


 それは離れ離れになってしまった少女が、同じ冒険者となって、大人の女性となって、目の前に現れたのだった。

 エギルはすぐ彼女に自分の名前を名乗り、少し遅れて彼女は思い出して喜んでくれた。

 突然いなくなった理由を聞いてみると、どうやら家の事情だったという。

 ずっと会えなかった二人だったが、この再会でまた、昔の二人に戻ることができた。

 一緒にギルドを設立して、一緒に冒険者として活動した。

 だけど、好意を抱いていたエギルの中身は臆病なままだった。

 再会してからもずっと一緒にいるのに、好きだという気持ちを打ち明けられなかった。

 そして、そんなはっきりしない関係が続いたある時、彼女は突然、エギルに言った。


 ──参加したいクエストがある。


 そのクエストは、死地と呼ばれる危険地帯の廃城、それを他のギルドと協力して制圧するというクエストだった。

 これは、二人のランクではかなり難しいクエストだった。

 だけどこの頃のエギルの実力はランクでは計れないほど強かった。

 それを知っていた彼女は、もしかしたらクリアできるかもしれないと思いエギルに頼み、エギル自身もこの申し出を承諾した。


 そしてなんとか、二人は別のギルドと協力して、そのクエストをクリアした。

 後は無事にクエスト達成を報告すれば、莫大な報酬が手に入る。


 ──だけど。


 ごめんね。


 廃城を取り囲む魔物の群れに、エギルは正面から落とされたのだった。

 エギルは愛していた彼女に裏切られた。

 何が起きたのかわからず、ただ二階部分から落とされたエギルは、折れた左腕を抑えながら、見下ろしている彼女の顔を見た。

 そして気付いた、彼女の首に付いた奴隷の証を。そして彼女はそれを触りながら言った。


 ──命令なの。


 その理由は、今でもエギルは知らない。

 ただ言えるのは、彼女の主がエギルを殺せと命令したのだということ。

 急成長しているエギルが邪魔だったのか、受け取れる報酬を増やすためだったのか。

 その理由は色々と考えられるが、ただ、エギルには裏切られたという悲しい気持ちしか生まれなかった。

 そしてエギルは周囲から迫る魔物の群れと戦い、大量の返り血を浴び、沢山の傷を負った。

 命の灯火が消えるまで、エギルは一人で戦った。

 だけど途中で意識を失い――エギルは、ある小さな村で目を覚ました。


 人口たったの一〇〇人ほどのレインド村。


 その村の周りには魔物の巣窟が沢山があり、いつ滅んでもおかしくないといわれていた。

 だが、そこにはSランク冒険者である『剣王』と呼ばれる絶対的な強者がいた。

 そして目覚めたエギルは、信じていた者に裏切られたことで人間不信に陥ってしまった。

 そんなエギルを見て、剣王は言った。


 ──疑って生きるよりも、信じて裏切られた方が男らしくないか?


 その時のエギルには、この言葉の意味が分からなかった。


 ──裏切られるよりも、裏切られる前に手を打つべきだった。

 そう、後悔した。


 だが、剣王と会話していくごとに、疑心暗鬼になったエギルの気持ちは少しずつ変わっていった。

 後に知ったことだが、この人口一〇〇名ほどの小さな村が魔物に襲われなかったのは、剣王がこの村を守ってくれていたからだった。

 それを知ってから、彼と共にエギルもこの村を守るのを手伝っていた。せめてもの恩返し、少しだけ手を貸そうと。

 最初は軽い気持ちだった。少しだけ手を貸せば、自分は何処かへ消えよう。

 だけど、この村を救えば救うほど、エギルは村のみんなに感謝をされるようになった。

 そして感謝をされれば、エギルが裏切られて失ったものが、温かい何かで埋まっていくような、そんな感覚が生まれた。


 ──村を救ってくれて、ありがとうな。


 永遠に増えていく魔物を討伐していても何も変わらない。

 剣王はそう考え、別の救う方法を探すため村を出ていった。

 その時、定期的に村の護衛をしてくれる冒険者を雇っていた。

 そのお陰で、剣王がいなくなっても村が滅びることはなかった。


 エギルも、村を出る決意をした。

 それからエギルは一人、クエストに没頭した。

 けれどひと時も、村のことを忘れることはなかった。

 自分の命を救って、生きる意味を示してくれた剣王とこの村に恩返しするため、エギルはクエスト報酬のほとんどを村に寄付した。

 村を活性化させ、村を守る者を雇って、村に住む者達に幸せをもたらした。

 喜ぶ村人を見て、エギルは心の底から嬉しく思った。

 初恋の相手が自分を殺そうとしたことを忘れようとするように、エギルはこの村を幸せにしようと──笑顔になってくれるように周りに尽くした。それがいつからか、全てを失ったエギルの生き甲斐となっていた。


 人を信じて、困ってる者を助ける。それが彼を動かす原動力となっていた。

 ただ根本的な部分はまだ治ってなかった。奴隷という存在と、女性という存在だけは、どうしても近付けなかった。


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