第2話



 魔物を退治することを職業にしている者を冒険者と呼ぶ。

 そして冒険者には、その実力によってランク付けされる。

 下はEから、上はSランクまであり、ランクによって受注できるクエストの難易度が異なる。


 Sランク冒険者が受注するクエストともなれば、その報酬は莫大なモノである。

 そんな世界に数名しかいないSランク冒険者であるエギル・ヴォルツは今日、知り合いに少し変わったお店に連れられてきた。




『では、今回一人目の奴隷です!』




 広い会場には多くの客で溢れかえり、その視線の先にはステージがある。

 眩しいほどの光で照らされているステージの中央には、首輪を付けられてる少女が座っていた。


 ここは奴隷オークション。

 奴隷商人が連れてきた奴隷を売り買いする場所で、客は好みの奴隷を金で買い、奴隷商人は高値で売りつける。

 そして――売られた奴隷は皆、悲しそうであり虚ろな瞳をしていた。




「どうですか、奴隷オークションは?」




 エギルの隣に座って、オシャレとは程遠い髭を撫でる男。Cランク冒険者であるゲッセンドルフは、媚びを売るようにニヤニヤとした笑みを浮かべながらエギルを見る。

 エギルは退屈そうにしながら、ゲッセンドルフの質問に答えた。




「俺にはわからないな。奴隷の売買なんて」

「エギル様は奴隷をあまりお好きではないのですか?」

「……まあな」

「自分に対して絶対服従の女というのは、男にとって魅力的だと思うのですがね」




 ゲッセンドルフの言葉を受け、エギルは再びステージを見やる。

 先程から行われているオークションを見ていたら、競り落とされる額は少額だ。売られている奴隷の質が悪いからなのかは、初めて奴隷オークションに訪れたエギルにはわからない。

 人一人の命をなんだと思ってるんだ。

 エギルはそう感じた。人一人の価値は安く一か月分の食事代、高くて一戸建ての家屋の半分にも満たない金額で取引されている。

 だが、それが奴隷の相場らしく、来場してる客は白熱した競りを続けていた。



 

「エギル様」




 退屈でため息をついていると、ゲッセンドルフは再びニヤニヤした顔をエギルに向けた。




「この辺の奴隷はまだ序の口でございますよ」

「序の口? まだなにかあるのか?」

「ここまでは比較的に質の悪い奴隷ばかりですが、これからは美しい奴隷が沢山出てきますから。それとたまにですが、処女もおりますので」

「処女か」




 その言葉にも、エギルはさほど反応を示さなかったが、処女がいるというのは内心では意外だった。

 というのも、ほとんどの奴隷は売られる前に、奴隷商人に犯されてると聞いたことがあったからだ。なのに処女がいる。そしてゲッセンドルフの言葉通り、奴隷オークションが進むにつれて美人が多くなっていった。




「ほら、エギル様もどうです? 気に入った女がいれば購入してみては」

「いや、俺はいい」

「なんでです? もしかして、女性には興味がないのですか?」




 ゲッセンドルフはなぜか自分の体を守ろうと胸を隠す。その反応に、エギルは苦笑いを浮かべた。




「男に興味はないから安心しろ」

「ですよね。ではなぜ?」

「まあ、な……」




 エギルは歯切れの悪い返事をして、ステージを見つめた。

 あの最悪な日から、エギルの周りには漢らしいエギルの姿に憧れる同性は集まるが、彼のいかつい容姿が邪魔してか、異性には無縁の人生を送ってきた。

 男として女性は好きだ。だが過去の記憶がエギルを邪魔し、25歳になった今でも、女性との交際関係は無い。


 ーーそれでも、そんな人生も悪くはなかった。


 そう、エギルは思っていた。この時までは。




『では、最後の奴隷の紹介です』




 ぼんやりと見ていたエギルの視界は、突如として鮮明に彩られた。




『最後の奴隷は二〇才と若いですが、大人の色気があり、誰もが羨む美貌を兼ね備えた女性でございます。そしてFカップの巨乳です!』




 会場は一際大きな歓声に包まれた。




『彼女は元々冒険者をしており、その実力は素晴らしく高いと評判でございます――そしてなんと、彼女は正真正銘の処女でございます!』




 エギルは紹介された女性から、目が離せずにいた。

 溢れんばかりの胸元に垂れる煌びやかな金色の髪。少し白寄りの肌に、元冒険者というのが見てわかるほど引き締まった肉体美は、胸があるのに決して太って見えない。

 目鼻立ちは良く、大きなブルーの瞳は引き込まれるほどに綺麗で、左目の下には、ポツリとホクロが付いていて色気を感じさせる。

 そんな彼女は寂しそうな表情をしながらも、どこか力強い眼差しをしていた。

 そしてエギルは、他の女性とは違う彼女を見て、あの日から止まっていた何かが、再び動き出した。




『それでは600万ゴールドから開始します!』




 司会者のアナウンスが流れると、会場全体からは驚きを含んだ声が漏れる。

 そして隣に座るゲッセンドルフもまた、同様の反応をしていた。




「うわっ、これはまた高額スタートですね……」




 ゲッセンドルフの言うとおり、他の奴隷とはスタートの金額が違う。

 先程までの奴隷は、皆が皆、何十万スタートで、落札額もそれぐらいだった。だが彼女だけは高額だと言える600万からスタートした。

 これでは誰も購入の名乗りを挙げないのではないか。だが、あちこちから驚きではなく主張するような大きな声が湧き上がる。




『610万!』

『650万!』




 そのコールは止まることはなく、あっという間に800万ゴールドまで値段は跳ね上がる。

 その金額に、エギルは顔には出さず驚いていた。

 Sランクのクエストの相場はまちまちだ。比較的に簡単なクエストになると報酬は500万ほどだが、かなり難しいクエストになると1000万ほどにもなる。

 それなりの家を街に一軒建てるのに800万ゴールドほど。だからつまり、Sランクのクエストはそれほどまで高額な報酬が貰える。

 だが、そのクエストは一日や二日で終わることはなく、一週間から一ヶ月、もっと長い期間を要するものまである。

 だからこそ、この金額を数ある奴隷の一人、たしかに綺麗だが、それでも他の奴隷とは全く違った値段で購入するのは普通ではない。いや、人一人の値段なら普通なのかもしれないが、先程までの奴隷とは比較にならないほど高額だった。


 ――が、エギルにとっては値段よりも、彼女という存在に目を奪われた。


 ライトに照らされたステージに立つ彼女もまた、エギルをジッと見つめていた。

 まるで他には誰もいない、エギルと彼女だけの空間のよう。そして気付けば、エギルは立ち上がっていた。 




「──1000万ゴールド!」

『『『えっ?』』』

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