第27話 決戦
──控室。
エギルが冒険者になりたての頃、今着ているコーネリア王国の鎧のような重装備をしているときがあった。
それは自分の身を守る為。
怪我が、死ぬのが、怖かったから。
攻めるよりも守ることを重要視していた。
けれどあの日──大好きだった幼馴染に裏切られた日、身を守る鎧を脱ぎ捨てた。
そのとき一度、死を覚悟したからだろうか。
怪我や死ぬのを恐れることはあっても、どうせ死ぬときはどんなに身を固めた格好をしていても死ぬのだからと考えるようになった。
初めて会った鎧を身に纏った同業者に「そんな裸みたいな恰好で大丈夫なのか?」と笑われた。
けれどクエストが始まると、エギルの恰好を笑った冒険者は地に伏せ、エギルのことを笑えなくなっていた。
結局のところ、どんなに守りを固めていても死ぬときは死ぬ。
だったら守りを固めるよりも身軽さを重視したこの恰好の方が、エギルにとっては戦いやすい。
「よし、行くか」
コーネリア王国の鎧をテーブルの上に並べて置き、着慣れた軽装に、愛剣を腰に携え控室を出る。
静かな廊下。
薄暗く横幅の狭い廊下を、コツコツと石材の音を鳴らしながら歩く。
肌を撫でる風は微かに涼しく、気温は暑くもなく寒くもなく丁度いい。
そして、太陽の光が差し込む地上に出ると観客席から歓声が湧く。
『さあ、選手の入場ですッ!』
歓声と共に謎の声が響く。
『決勝戦ッ! 先に紹介するのは、かつて魔物に支配された死地、ゴレイアス砦を解放し、そこに王国を建立した男! なに、冒険者なのにこの男を知らない? のんのん、彼を知らないなんてお前は冒険者じゃなくてただの傍観者だ、黙って空でも眺めて一日を過ごしてるんだなッ! たった一人で敵を縦横無尽に粉砕する姿から付いた二つ名は”剣劇の演舞者”──Sランク冒険者、エギル・ヴォルツ!』
今までになかった選手紹介。
自分のことを紹介されながら会場に向かって歩くのは恥ずかしが、慣れた実況のお陰か歓声が先程よりも大きく、会場の熱気がどんどん上がっていく。
……だが、二つ名というのは初めて聞いた。というよりも、今までそんな二つ名で呼ばれたことが一度もない。
顔に出さないが、内心では顔を真っ赤にするエギル。
『対して、こちらも冒険者の中でも最上位であるSランク冒険者の一人ッ! その美貌、その美脚、その美眼ッ! 罵倒されながら踏んづけてほしいという予約は既になんと、なんとなんとなんと二年半待ちッ! 細剣≪レイピア≫を振り上げれば強者であろうが軍勢であろうが敵を一掃する姿から付いた二つ名は”戦影ノ指揮者”──ギルド鮮血の鎖リーダー、シンシア・タスカイル!』
シンシアはエギルを見ると笑みを浮かべた。
そしてエギルも、想像もしていない事実を聞かされて驚いたが、すぐに冷静に戻り笑って返した。
「こうして、お前と真剣な試合をできて嬉しいよ、剣劇の演舞者」
「その呼び方をするな、戦影ノ指揮者」
「いいだろう、うちのギルドの中にこういう二つ名を付けるのが好きな者がいるんだ。最初は恥ずかしさがあるが、慣れれば少しだけ誇らしくなるぞ」
「少しか……。というより、あの実況者はお前のところの奴か?」
「ああ、そうだ。ギルドに一人はいるだろ、盛り上げ役のメンバーが」
「そういう奴は大抵、本業では使い物にならない場合が多いが」
シンシアは笑うだけで答えなかった。
だからエギルも追及することはしない。
「まあ、騒がしいがいざ試合が始まれば我々の耳に届くことはないだろう。あれは観客の為の実況だ」
「観客の為の?」
「ああ、ここの観客の多くは冒険者──それもSランク冒険者同士の戦いを目にしたことがない者がほとんどだかろうからな。戦場で何が起きているのかを見ても判断できないだろうから、実況で正確に伝える為に私が用意した」
「なるほど。それにしても鮮血の鎖か……話だけは聞いたことあったが、まさかお前がそこのリーダーだったとはな」
──鮮血の鎖。
数ある冒険者ギルドの中でも、おそらく三本指には入るであろう強者揃いのギルドだ。
所属する冒険者と仕事を一緒にしたことも何回かあり、末端の冒険者でも優秀で、鮮血の鎖にしか依頼しないと決めている貴族や王族もいるほどだ。
そんな優秀な冒険者揃いのギルドのリーダー。
実際に会ったこともなく、どんな戦い方をするのか噂でも聞いたことがない。それほどまでに謎に包まれた存在だった。
まさか、こんなところでお会いできるとは、というよりも戦えるとは思わなかった。
それに──。
「……タスカイル。シルバの血縁か?」
シルバ・タスカイル。
シンシア・タスカイル。
エギルの命の恩人であり友であり、師でもある男。
タスカイルという家名が他にいても珍しくはないが、偶然とは思えなかった。
「ああ、あの男の娘だ」
あっさりと認めたシンシアに、エギルは呆れてため息をつく。
「おいおい、娘がいたなんて俺は聞いてないぞ?」
「まあ、娘といってもあの男とは血が繋がっていないからな。それに、あの男が私のことを娘だと思っているのかもわからん」
「なるほど」
「そもそも、あのなんにでも適当な男が誰かに娘がいるんだなんて自慢すると思うか?」
「……」
お茶らけたシルバの姿を想像して、否定するように首を左右に振った。
「捨て子だった私はあの男から指導を受けた。お父さんともパパとも呼んだことはないが、私にとっては恩人であり師であり父だ。面と向かっては、口が裂けても言わんがな」
鼻で笑ったシンシアは、初めて凛々しさを取っ払った女性らしい笑顔を見せた。
「さて、無駄話はこの辺にしよう、あまり待たせすぎると観客が冷めてしまうからな。他に聞きたいことがあるのなら、終わってから答えよう。聞きたいことが他にもあるのだろ?」
「まあな」
「だがそうだな、お前が私に勝てたらと条件を付けよう。その方が本気になれるからな」
「いや、そんなもの必要ないさ」
エギルは剣を鞘から抜く。
条件なんかなくても、エギルは本気を出す。
なんならここへ来るまでよりも戦う意欲が増し、気合が入っていると言える。
「鮮血の鎖のリーダーであり、同じくシルバの教えを受けた者と戦えるんだ。これ以上の要素なんて不要だ」
「ああ、そうか。そうだな。私も楽しみだった。あの男がお前の話をよくするんだ、『あいつは俺の次に強い』とな。そう聞かされてからずっと、いつか手合わせしたいと思っていた」
シンシアは細剣の柄に手をかける。
観客席一帯に、鮮血の鎖のメンバーが張ったのであろう障壁が何重にも生まれる。
観客への被害を無くす為、そして、こうしなければ観客に甚大な被害が生まれるであろうことを意味する障壁。
「あの男が私よりもお前を強いと言った。その時のあの男の眼差しは、それが本気の言葉だと、もしかすると自分すらも飲み込む可能性があると私には読み取れた。あの男にそうまで思わせた男、待ち焦がれていた男と、こんな最高の舞台で、周りの被害も気にせずできる──さあ、始めようか。エギル・ヴォルツ!」
シンシアは細剣を鞘から抜いた。
その瞬間、彼女の背後を扇形状に薄い霧が立ち込める。
「──神機召喚」
霧だと認識した頃には既に霧散していて、代わりにエギルの前には──銀色の鎧をまとった大中小様々な大きさの鎧人形が出現した。
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