第30話
「だがそいつらがなんだって言うんだ? あいつらは裏で何かするだけで、たいして表には出てこないだろ?」
「うむ、その通りなのじゃ。だが逆に奴らしか神の湖には行けぬということじゃ」
「それはそうだな。だが神の湖に行かなくても俺たちの力が失われるわけじゃない。一度授かった聖力石は光り続ける。光あれば力は宿る、そう、奴らに言われたぞ?」
「──では、その力とはどこから来ておるのじゃ? 神の湖という神秘な湖に不思議な石を投げ入れれば力が手に入る。そんな楽な話、あるわけないじゃろ?」
雨は降り続けている。黒傘を差す彼女は、ニヤリと笑い続けていた。
「……お前は、何が言いたいんだ?」
「簡単なことじゃ。力を与えてくれる神の湖が欲しい、ただそれだけなのじゃ。なにせ、その神の湖を奪えば力を独占できるのだからのう」
「何を馬鹿なことを……。そんなことをすれば冒険者はランクを上げられなくなる。そうすれば世界中の冒険者、いや、世界中の人間を敵に回すことになるぞ?」
「そうであろうな。だから、その目的を共に叶えてくれる強者を、我は捜してるのじゃ。それは勿論、同じ力を持った者のことじゃ」
「仲間になる奴が、同じ目的とは限らないんじゃないか?」
「それは勿論なのじゃ。だがそれでいい、我らの目的はバラバラなのだからのう」
「我ら?」
「強くなりたい者。大切な何かを守りたい者。奪われた何かを取り返したい者。それら目的を叶えるには、絶対的な力が必要じゃ。だから協定を結び、目的のために共に動く」
「それはギルドのことか?」
「うむ」
「即答か。だがお前は形だけでも《夕焼けの絆》に加入してるはずだ。なのに我らと言うのはおかしくないか?」
ギルドに加入してる者が抜ける場合、一カ月の間は別のギルドに加入することはできない。レヴィアの口ぶりからすると、まるで今も他のギルドに参加してるような言い方だ。だがそれはおかしい。二つのギルドに所属することは規則で禁じられている。そしてレヴィアが現在、《夕焼けの絆》に所属してるのはこのクエストに参加してるのが何よりの証だ。
だがレヴィアは、何もおかしなことは言っていないといわんばかりの表情をする。
「それはお主らのように、一般的なギルドに加入していれば規則で別のギルドに加入はできぬな。だが、冒険者の道を逸脱した者たちが集まるギルドに加入しておれば、二つのギルドに加入することは不可能ではないであろ?」
「……もしかしてお前、闇ギルドに所属してるのか?」
レヴィアはニヤリと笑った。
明確には一般的なギルドと闇ギルドとで分かれてるわけではなく、一般的なギルドに加入できない冒険者が、闇ギルドを結成するというだけだ。
そしてクエスト内容も異なる。
魔物を討伐して、人が暮らしやすいようにするクエストばかり発注するのが一般的なギルド。だが逆に、人を殺めることを目的として、討伐対象が魔物ではなく人であるのが闇ギルドだ。
今回、エギルが受けた『ゴレイアス砦侵攻戦の裏切り者』はグレーゾーンのクエストだ。これも対象は人だが、はっきりと記載された目的は『裏切り者を見つけて捕まえる』だ。だがこれが『裏切り者を見つけて制裁して』や『裏切り者を見つけて殺して』とかだと、これは一般的なクエスト受注所で依頼主は頼むことはできない。どこかにある闇クエストを依頼できるクエスト受注所で頼むしか方法はないのだ。
「闇ギルドに所属してる奴らは危ない連中ばかりと思ってたが、話はできるんだな」
「それは偏見じゃな。我らは報酬が多いから闇クエストを受けるのじゃ。まあ、人を殺すのが好きな奴も、何名かいるがのう」
「人を殺すのが好きな奴がほとんどだろ?」
「まあ、お主の想像に任せるのじゃ。それで、我らと共に来ぬか?」
手を前に差し出すレヴィアを見て、エギルは呆れながら首を横に振る。
「ありえないな。そのお前らの闇ギルドに所属する意味がない。俺はこの生活で何不自由ないんだからな」
「ふむ。何不自由なく、かの。だがお主だってずっと冒険者でいようとは思っておらんじゃろ?」
「なに?」
「人のためにクエストを受注して、その日その日のお金を稼ぐ。冒険者とはそんなものじゃ。だがのう、お主はそんな奴らと同じではない。選ばれた者なのじゃよ」
「それが、お前の言っていた先導者の器とやらか?」
「そうなのじゃ。力ある者が人の上に立つ。それはどの時代もそうなのじゃ。人同士が争っていた時代も、人が魔物の命を奪ってきた時代も──そして、これから先にある未来でものう」
レヴィアは幼女だ。だが話し方、それに立ち振る舞いは決して幼くはない。幼女の皮を被った何か、そんな感じに見受けられる。
「お主や我のようにSランクの称号を受けた者は数少ない。そのほとんどが冒険者ではなく、王国を先導する者や、騎士団を纏めてる者になっておる。お主はただ平凡な冒険者のままで良いのかのう?」
「俺は王国を支配することに興味はない」
「お主にだって守りたい者はおるじゃろ、いつも一緒におる奴隷たちとかのう?」
「……あいつらだって、別に俺が王様なんかになることを望んでない」
「そうかのう? 王国とは自分を、それに大切な者たちを守る砦じゃ。お主がいつでも守れるわけじゃないだろ?」
「それはそうだ。だが、お前らと一緒になるつもりはない。人を殺めて力を奪うお前らとはな」
「固い奴じゃのう。なら──仕方ない」
いつもニヤニヤしてるレヴィアが、少しだけ不気味に笑ったように見えた。
だからエギルは危険を察知して、後ろに飛んだ。
「お主の力は脅威であって、その力を欲してる者は沢山おるのじゃ。仲間にならぬのなら、我々の目的を阻害せぬよう、その力、我が存分に利用してやろう」
レヴィアが手を前に出した瞬間、エギルが上ってきた階段や空、それに城壁をよじ登って魔物が出現する。
オーガは勿論のこと、小型魔物も、鳥類の魔物も、このゴレイアス砦で生息していないはずの魔物の群れまで出現した。
「やっぱり、こいつらを操ってるのはお前か!」
「我が職業は魔物を導く者『魔導者』。我の願いも、我の命令も、その全てを皆が聞いてくれる。無数の剣に命令するお主と、どこか似てると思わぬか?」
「似てる似てないじゃないだろ。——無限剣舞!」
異次元から剣を取り出し、四方八方から囲む魔物に剣を突き刺す。
それぞれ違う魔物の悲鳴が響くが、それをレヴィアはニヤニヤと笑って見ていた。
「本当に凄い力じゃの。だが、その剣は無限ではなかろう?」
「お前の操ってる魔物も、そうだろ?」
「さて、どうかの」
何を感じて笑っているのかわからないが、レヴィアが操る魔物が減ることはない。
陸地からも空からも、まるで世界中の魔物を集めているかのように集結する。
先程まで転がっていたレリックの姿はもう見えない。
そして操ってるレヴィアは、その場から一歩も動こうとはしない。
魔物ではなく本体を狙えばいいだけ。そう思ってレヴィアに狙いを定めて剣を召喚しても、そこには必ずレヴィアの操る魔物が現れ、固い体に剣を折られてしまう。折られずにレヴィアを狙えても、ぴたりと体を寄せるようにして身代わりの魔物が現れる。
一歩も動かないレヴィア。その姿はまるで、
「魔物の王様だな」
エギルの言葉が届いたのか、レヴィアは嬉しそうに頬を赤らめる。
「魔物の王様ではなく、魔王なのじゃよ。そっちの方がしっくりくるのじゃ」
「魔物を束ねて……何がしたいんだ」
「別にお主と何ら変わらないのじゃよ。自分のことを想ってくれる者と一緒にいたいだけなのじゃ」
「……俺にとってのあいつらが、お前にとっては身代わりになってくれる魔物だって言うのか?」
「身代わりではないのじゃよ。それに――我が魔物に育てられたから、我にとっては人間よりも魔物の方が、ずっと優しい存在なのじゃよ」
「魔物に育てられた……?」
魔物は人間を殺し、人間が魔物を殺す。
この関係性が変わることはない。お互いが相容れぬ存在だ。
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