第29話
ゴレイアス砦の中心部にある、この縦長の外観は王城となんら変わりはない。
石材のレンガで固められ、中には広く長い廊下と幾つもの部屋がある。けれど一点だけ、普通の王城と違うのは、中心を貫く長く続く螺旋階段があるということ。
本来の用途であった、戦時下で城の中枢まで簡単に辿り着けないようにすることと、誰かが階段を上がってきたらすぐわかるように、螺旋階段で最上階まで続く構造にしたのだろう。
エギルはこの長い螺旋階段を上り、最上階を目指す。
この先にいるなんて言われてはいないが、エギルはそこにいる気がした。
そして屋上まで辿り着くと、そこからゴレイアス砦全体を一望できた。
太陽を隠す黒雲の空からは雨が降り続け、エギルは一歩ずつ前へ進む。すると、そこには男が倒れていた。
「――ああ、ああっ、はあっ、これっ、これですよっ」
虚ろな瞳で、妖しげな光を放つ花を手にしてるのは、ギルド《万能薬箱》のレリックだった。
その手に持つ花は人に幻を見せる薬物。使用した時は最高の気分を味わえるが、依存性が高く、世界中にその花の虜となり中毒者となった者が多いと聞く。
そして仰向けに倒れ、雨を飲もうと舌を出すレリックの姿は、薬物依存者の末路そのものだ。
「――アロヘインという麻薬は、ジメジメした湿度の濃い場所に咲く花なのじゃ。だから、この崩壊した城の部屋のあちこちには、アロヘインが大量に咲いておったわ」
エギルがレリックに目を向けていると、城壁に座っていた幼女は片足を曲げ、アロヘインを地上へと投げた。
「……こいつは、アロヘイン欲しさにこのクエストを受けていたのか」
「こやつだけではないぞ。こやつのギルド全員がアロヘインの依存者なのじゃ。だが、ここへ来る途中に……不運にも魔物に襲われてしまってのう。たどり着けたのは、この者だけだったのじゃ」
「不運にも、か」
麻薬は使い方によっては医療にも使われる万能な薬物と呼ばれていた。《万能薬箱》というギルドネームは、そんな意味合いもあったのかもしれない。
「それにじゃ。このクエストを依頼したフェリスティナ王国の国王は、アロヘインがここにあると知っておって、金儲けのために高額な依頼料のクエストを出しておったらしいぞ」
「なるほどな」
だから危険なクエストだったとしても依頼を取り消すこともしないし、報酬を増やしてでも達成したかったということか。それが薬物中毒者なら引けないのも納得だ。
「やっぱり、お前が裏切りものだったんだな」
エギルをここへ呼んだ二体のオーガからは先程までの狂暴さは消え、少女を守るように横に立ち、少女はエギルの問いに何も答えることなくどこか楽しそうな笑みを浮かべる。
けれどその笑みが、エギルには肯定に捉えられた。
「それで、お前は経験値を積ませたい魔物を使い、そういう引けない連中を襲わせて、手に入れた聖力石を与えていたのか。だが、ファビオラを襲った理由はなんだ? 襲う方法を変えた理由はなんだ?」
「本当は奴隷たちも一人になったところを襲うつもりだったのじゃ。が、どうもオーガは気性が荒くてのう、我の手に負えず、一人になるのを待たずしてあの男を狙ってしまったのじゃ」
口振りからは想定外という風にも聞こえるが、彼女の表情からは後悔は感じらない。
「……まあ、結果的には良かったがのう」
「なに?」
「ファビオラが襲われたことによって、同行しておった《万能薬箱》の連中が怪しまれ、襲いやすくなった。そして、2つのギルドが壊滅すれば、今まで以上に疑心暗鬼となった残りの連中に隙が生まれ、そこを魔物で襲えるようになる。ほれ、簡単になったじゃろ?」
「あぁ、そうだな。だが俺たちには何もしてこなかったのは何故だ?」
「それは我がお主一人に興味を持ち、ここで二人で話したかったからじゃ」
「俺と……?」
薄紫色の髪を胸元まで伸ばし、黒の生地に赤い糸の刺繍をあしらったドレスを着る——エレノアの幼なじみのギルドに所属していたレヴィアは、ぴょんと城壁から飛び降り、また敵意の見せない笑顔をこちらへ向けた。
「たった一人で何万人分もの力になり得る存在。我と同じSランク冒険者――いや、神に選ばれた数少ない〝先導者の器″である、お主のような存在を待っておったのじゃ」
「先導者の……器?」
「お主は数多くの功績を上げ、聖力石を神の湖に投げ入れSランク冒険者となったのであろう?」
「……ああ」
レヴィアは傘を差して、とことこと、こちらへと歩いてくる。
Sランク冒険者になるには、それ相応の功績――言わば経験値が必要だ。
ある者は魔物を討伐した数だと言い、
またある者は討伐した魔物の強さだと言う。
そしてまたある者はクリアしたクエストの難易度だとも言う。
何らかの条件を満たせば冒険者のランクが上がるのは確かだが、その経験値は、『こうしたら上がりますよ』という明確な条件は公開されてない。
「お主は、冒険者に限界があるのを知っておるかの?」
「……限界?」
「うむ。我とお主、それに他にも数名Sランク冒険者はいるが、これは誰しもなれるわけではない。ほとんどの者はAランクが限界なのじゃよ」
「だが、総合受付所の規定では最終的に行き着く先がSランク冒険者だと言っていたぞ?」
「総合受付所の奴らは何も知らないから、そう言うじゃろ。だが、どうしたらSランク冒険者になれるか、その理由までは聞いておらんのじゃろ?」
聞いてはいない、ただそれは、エギルにとってはどうでもよかったからだ。
どうして力を与えてくれるのか。
どうして魔物を狩れば強くなるのか。
力を与えてくれるのなら、その理由まで知りたいとはエギルは思わなかった。
「俺はそういうのに興味がないからな。だが詳しい奴も、中にはいるんじゃないのか?」
「職員の連中も、冒険者の連中も、誰一人として明確な答えを知っている者はおらんじゃろうな。ただ──その答えを知っておるとすれば、神の湖を守護する神教団の連中だけじゃな」
「神教団。神に仕える者たちか」
「うむ、そうじゃ。遥か昔のこと、世界中で起きていた戦争を終わらせ、人同士が憎み、土地を奪い合っていたこの世界を、その矛先を、言葉の通じない魔物へと変えさせた神様──ヘファイス伝綬神。それを崇め、人々に戦う力を与える神の湖を守護する者たちを、神教団と呼ぶのう」
冒険者が表方なら、神教団は裏方だ。神の湖へ続く地下への扉を守護して、冒険者ランクを上げるときのみ姿を見せる白ローブの集団。
お祈りでも捧げているのだろう、いたのかすら不明なヘファイス伝綬神に。それが世界中の者が神教団に向ける印象だ。
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