第31話
「意志の疎通もできない魔物に育てられたって、本気で言ってるのか?」
「うむ、その通りなのじゃ」
「信じられんな」
「まあ、無理に信じろとは言わぬ。ただ、そうじゃな。お主は人間の両親から生まれたのじゃろ?」
「……当たり前だ。両親が人間なんだからな」
「そうであろう。だが我は──龍神殿で生まれた。周りには我よりも遥かに大きいドラゴンばかりであった。それが我にとっての『当たり前』なのじゃよ」
「龍神殿……」
Aランク冒険者でさえ足を踏み入れたくない狂暴なドラゴンが無数に生息している神殿。
以前、エギルが受けたクエストの《レッドドラゴン》は、その神殿の中から逃げてきた最弱のドラゴンだった。
一体でも強力なドラゴンが沢山生息している――言わば人間でいうとこの砦のような場所だ。そんなとこで人間が、ましてや生まれた時からそこにいたということを、エギルは簡単に信じられなかった。
「信じられない、と言いたげじゃな」
「今まで生きてきた普通をぶち壊す発言だ。そんな簡単に信じられると思うか?」
「うむ、お主の言う通りじゃな。だが我は成長するまで、逆に人間という生き物と自分は、全く別の存在だと思っておった。それこそ、お主が魔物を別の生き物として見るようにのう。なにせ我の父親も、母親も、周りにいる者たちも皆、色違いのドラゴンしかおらぬのだからな。だから初めて鏡を見た時、自分のこの姿を見て驚いたのじゃ。どうして我は、こんなに小さい体なのじゃ? とな」
レヴィアの表情に、少しずつ少しずつ、感情がこもっていくのがわかる。
「お主は人間に育てられたから、人間の味方をするのじゃろ?」
「味方するというわけじゃない。これが当たり前、これが人間としての当然の道だ」
「──当然の道? ではドラゴンに育てられた我の、その当たり前で、当然の人間の道とはなんなのじゃ? 我は人間ではなく魔物じゃ。お主ら人間の当たり前とやらは知らぬ」
「……だからって、人間を襲うのか?」
「先に襲ったのは、お主ら人間の方ではないか!?」
初めてレヴィアの表情が変わり、周囲の魔物の雰囲気がピリッとする。幼い顔は、まるで世界を憎んでいるように、全身から発する空気は禍々しい憎悪しか感じない。
「ヘファイス伝綬神が勝手に描いた世界の在り方。人間が魔物を殺し、魔物は人間の力関係を象徴するただの対象物にすぎない。それが世界の在り方だと、そう勝手に決めたのは、あの腐った神とやらじゃ。我ら魔物が、生きたいと願っても命を狙われるように仕向けたのは、あの神と名乗る愚か者ではないか」
「神がそう仕向けたのかもしれない。理由は俺にもわからない。だがそれは、今この世界で生きる者には関係ないことだ。違うか?」
「関係ない?」
レヴィアは笑った。
「お主はいったい、どれほどの魔物を殺してきたのじゃ? 冒険者はいったい、どれほどの魔物を殺してきたのじゃ? 我ら魔物は防衛の為に人間を殺めたが、冒険者は何のために魔物を殺すのじゃ?」
「……自分たちが生きるためだ」
「違うのう。お主ら人間は、魔物を殺して自らの強さを証明し、新たな力を得るために好き勝手殺してるのじゃ。魔物の死体の一部をその証としてクエスト受付所に持っていく。では、残った死体の行き場は何処へいく? 体の一部を剥ぎ取ったあと魔物をどうする? 人間は命を落としたら腐らぬようそれ相応の処置をするのであろう? であれば殺した魔物はどうするのじゃ? 火葬するのか? 埋葬するのか? ……教えてくれぬか? 残された無残な死体は、その後、どんな末路を迎えるのじゃ?」
「……わからないな」
「そうであろうな。そんなの気にもしなかったであろうな。だが我らは忘れたことは一度たりともない。どこを歩いても魔物の無残な死体を目にする。姿形が違えど皆が同胞じゃ。中には我を育ててくれた者もおった。……燃やして供養をしてやれ。……せめて食べて利用価値を示せ。どれほど、我らがそう思ったことか……。お主ら人間には、理解できぬであろうな」
レヴィアの問いにエギルは何も答えられなかった。
そんなこと、今まで一度として考えたことはない。魔物を狩れば強くなる。クエストを受注して魔物を狩れば金が手に入る。強くなって、金を手に入れて、そうやって冒険者だけでなく、人間全てが生きてきた。
悲しい答えだが、魔物は狩られる存在でしかない。
この世界は弱肉強食だ。弱い者は死に、強い者が生きる。人間が死ぬか、魔物が死ぬか、それは運と実力がものをいう。だからエギルは、レヴィアの言うことを全て理解することも、同意することもできない。
それはレヴィア自身もわかってるだろう。
ただ、もしもエレノアやセリナ、サナやルナが殺されて、体の一部を剥ぎ取られて捨てられてたら、エギルは発狂して世界を滅ぼそうとするだろう。
だから、たとえエギルが理解できないとしても、一度爆発してしまった彼女の怨みは簡単に止めることはできないし、世界を憎む気持ちを止めることはできない。
エギルは代わりに、別の言葉を投げかける。
「……その点、闇ギルドは主に人間を殺すことを目的とする。お前はそこで、人間の力を得たということか」
「生きて目的を果たすのには必要なことじゃ。そして我はこの憎き神の力で、神が人間のために用意した同胞らと共に歩む。もう必要な力は手に入った。我ら魔物も、手段を選ぶことはしない」
「……魔物の王様か。本当になるつもりか? それこそ、その先に何が待ってる? 人間と魔物の、地獄のような戦争の未来しか待ってないぞ?」
「そうかもしれぬな。だが世界を変えねば、魔物が平和に暮らせる世界は訪れぬのじゃ。いつか全ての魔物は殺され、いつか世界の歴史から魔物という存在は消される。そうすれば我が、家族が、同胞らが、この世で生きた証が無くなってしまう。だから行動するのじゃ。少しでも、我を育ててくれた龍族の皆に恩返しをしたいからのう」
レヴィアとエギルは似ている。全てを失って、レインド村に救ってもらったから恩返しとして力になり、エギルを頼ってくれる者たちに、自分がしてもらったことと同じことをする。
レヴィアも、自分の信念で動いてるのだろう。
「その信念を、曲げるつもりはないのか?」
「お主だって、自分の信念を抱いてるのじゃろ? それと同じこと。ただそれが、人間か魔物かの違いなだけじゃ」
お互いに見てる未来は違う。
レヴィアは魔物の王として、おそらく魔物を率いて人間と争うつもりなのだろう。冒険者という枠組みを越え、魔物に育てられた人間の姿をした魔物として、結果がどうなろうと、それが自分を育ててくれた、姿は違うが身内へのせめてもの恩返しの方法なのだろう。
エギルはそのレヴィアの考えを否定するつもりはない。
もしもエギルが魔物に助けてもらったのなら、そうしていたかもしれない。だからエギルには、レヴィアのやることを止めはしない。世界を魔物の襲撃から救う救世主になりたいわけでもない。ただ、大切な者たちを守ることだけがエギルの願いだ。
そして──頼まれたことは果たさなければいけない。
「別にお前のこれからしようとしてることを止めるつもりはない。だが仲間に頼まれたんでな。お前が操ってるオーガの中に、ハルトの仲間の職業を使う奴がいる。その呪いから、あいつを解放してやらないといけないんだよ」
「ふむ。お主はつくづく変わり者じゃな。自分よりも他人。無欲なのが度を過ぎると呆れるのう」
「まあ、それが俺の生き方だからな。仕方ないんだよ」
「ふむ、やはりお主は面白い。敵にするのは、ちと惜しいのう……。それに、ここでお主と戦うのはちとリスクが大きい。ふむ、ここは退散させてもらおうかの」
ニヤッと笑ったレヴィアはエギルに背中を向ける。だが逃がすつもりはない。周りにハルトの仲間の職業を身に付けたオーガはいない。
エギルは逃げ道を封じるように、剣を異空間から呼び出しレヴィアの退路を断つ。
「お前のギルドの連中は、その目的を知ってるのか?」
「さてな。ただ我らは仲良しこよしではない。目的のために協力するだけ、利害が一致しなければ当然、争うこともいとわない」
「随分と便利な仲間だな」
「仲間とは本来、そんなものじゃよ」
レヴィアを主だと慕うように、彼女の周りには魔物が固まり、エギルの攻撃を妨害する。それにエギルを襲う魔物もいて、レヴィアに集中することができない。何より面倒なのは、致命傷を負った魔物が後退しても、次の魔物が現れることだ。
知能がないはずの魔物の統率が取れてる。
まだレヴィアの職業の全てを知れたわけではない。全員を操っているのか、それとも数体だけ操ってるのか、それはわからない。ただ魔物の襲撃が止まることはない。
エギルの保有する剣が無くなるか。
レヴィアの操る魔物が消えるか。
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