第32話
どちらが先に倒れるのか、頭の中で計算をしていると、
「ほれ、これが欲しかったのだろう?」
レヴィアは聖力石を三つ、エギルに投げた。
「……もしかして、ハルトの仲間のやつか? だがなんで渡す? これが欲しかったから、ハルトの仲間を殺したんじゃないのか?」
「そうじゃな。ただそれよりも、ここから無事に逃がしてもらうほうが重要なのじゃ。お主だって、これ以上の戦闘は控えたいじゃろ?」
心を読まれてるかのようだった。そしてレヴィアの視線の先には刃が折れて散らばった無数の剣。
「これを手土産に、このまま逃がしてくれってことか?」
「うむ、その通りなのじゃ」
ハルトを苦しめる仲間の呪いはこれで解放される。だが殺された仲間の仇は取れていない。
けれど残りの剣は三〇〇本ほど。
この難攻不落の、ざっと数えても一〇〇体以上はいるであろう魔物の群れを一人でなんとかできるほど楽な戦闘にはならない。それにどちらの『武器』が先に無くなるかは、確実にエギルが先だと判断できた。
「……すまない、ハルト」
エギルは聖力石を懐に入れ、召喚した剣を異次元へと戻す。
「わかった。それで構わない」
「ふむ、では我らはこのまま帰らせてもらおうかの。だが最後に、お主に良いことを教えといてやろう」
「……なに?」
緋色の瞳に苔のような緑色の鱗を全身に付けた龍の魔物──ワイバーンに乗ったレヴィアは、帰る寸前でエギルに言う。
「これから世界は大きく変わる。それは我ら魔物の在り方を変えるからというのも含まれておるのだが、それとは別に色々な考えを持った者が行動を開始するからじゃ」
「色々な考えを持った者?」
「力を持った者は大勢の者を先導する役目を持つ。その道は一本ではなく、十人いれば十人が違う道を選ぶであろう。ならば世界は本来の道に進む。人間同士が争う世界、混沌とした世界じゃな。その中心となるのは、我々、闇ギルド《終焉のパンドラ》になるであろう。それはきっと、表ではなく裏で動く。そしてお主も、その目に見えない渦に必ずや飲み込まれるであろう」
「……俺もか」
「力ある者というのは、そうなる運命なのじゃよ。その時、大切な者たちを守るにはどうすればいいのか。お主も先導者の器なのじゃから、どの道を進むべきか考えることをお薦めするぞ。ではな、無欲な先導者よ」
ワイバーンに乗ったレヴィアはそれだけを言い残して去っていった。
魔物の群れも、レヴィアの後を追うように消えていく。雨は止まない。エギルは黒雲の空を見上げる、
「世界が変わろうとしてる、か」
別にレヴィアの言うこと全てが正しいとは思わない。
ただエギルが知らないだけで、色々な考えが世界中で交錯してるのだろう。
「……エギル様」
エレノアの声が聞こえ振り返ると、そこにはセリナやフィー、サナとルナもいた。
「あの少女が裏切り者だったのですか?」
「裏切り者、というよりは、元から仲間じゃなかったんだよ」
「元から、ですか? エギル様それはどういうことでしょうか?」
エギルは簡単にだが五人に説明する。
レヴィアのこと、それにこれからのこと。
すると五人はそれぞれ違った反応をした。
「世界では、そんなことが起きようとしてるのですね……。エギル様は、どうされるのですか?」
「俺はまだ決めてない。というか、何かしたいとかがないんだ。ただ……」
「ただ?」
「俺はそうだな。自分を想ってくれる者たちを守りたい。世界中の者は守れなくても、大切な者たちを守れたらそれでいいんだ」
前までだったら何も行動はしない、いつも通りその日暮らしの冒険者でいい。だけどエギルには守るべき者ができた。そしてもし本当に世界が大きく変わって、大切な者たちに何者かが牙を向いたとしたら、その時は全力で守る。
それが先導者なのかはわからないが、世界を守れなくても数名を守れれば、エギルはそれで良かった。
するとエレノアは、ふふっ、と微笑んで「エギル様らしいですね」と言ってくれた。
そしてセリナが、
「そこが素敵なとこだよね。それは勿論、私たちのことも入ってますよね?」
「当たり前だろ?」
「それは良かったです」
セリナはエギルの腕を掴んで、ギュッと抱き寄せる。
「アハハ、なんかあたしたち、この輪の中に入っていいのかな?」
「えっと、どう、なんだろうね。私はまだ、そんな関係になれてない、から」
「……それはわたしも」
三人は、エレノアとセリナほど前には出てこない。
「俺にとって三人も大切な存在だ」
エギルは五人に優劣を付けるつもりはない。
そもそも、これまで生きてきた二五年間、女性にモテたことなんてエギルには一度としてない。誰か一人に好かれるのでも嬉しいのに、こうして五人の女性に囲まれてる今の現状は、今まで味わったことのないほど幸せだった。
――だが幸せに思う反面、エギルは自分なんかでいいのかという不安と、五人を同時に愛して、彼女たちは本当に幸せなのだろうかという疑問が生まれてしまう。
──俺と一緒にいて幸せか?
そう聞けば、幸せです。と、フィーはわからないが、きっと四人は答えるだろう。
だけど初恋に裏切られた過去がエギルを不安にさせる。本音なのか、奴隷としてなのか。そうやって考えることが間違ってるのかもしれない。だけど、彼女たちに何らかの傷があるように、エギルにも傷がある。
――また裏切られるのが、怖いのだろう。
「あら、雨が止みましたね」
ずっと降り続いていた雨が止み、曇り空の隙間から太陽が出てきた。
綺麗な夕焼け空。エギルは濡れた髪を後ろにかき上げる。
「これからも、俺と一緒に居れたら……幸せか?」
出てくる答えをエギルはわかっている。けれど彼女たちの口から聞いておきたかった。すると五人は、はっきりと答えてくれた。
「勿論です。わたくしはエギル様と結ばれたあの日から、一生付いていくと決めておりますから」
「私もです。あの湖でした時、エギルさんが責任取ってくれるって言ってくれましたから」
「……養ってくれるなら。うん、いいよ」
「あたしとルナも、エギルさんの側に居させてほしい! ねっ、ルナ」
「はい、です!」
五人は笑顔で言ってくれた。だからエギルも覚悟を決める。
「俺は何があっても五人を守る。大切な存在を……何から守るのかは、まだわからないが、それでも守りたいんだ。だから……ちゃんと形として、だな」
続けて伝えたい言葉は頭にある。なのになぜか言葉が出てこない。はっきりと男らしく伝えたいと思ってるのに、五人がキョトンとしていて、その表情がもっとエギルを緊張させる。
「奴隷具じゃなくて、その……」
「ふふっ」
エレノアに笑われた。
「エギル様でも、そんな反応をするのですね」
「まあ、俺だってな──」
照れ隠しで何か言おうとした瞬間、エレノアの唇がエギルの唇に重ねられた。そしてエレノアの両腕が首へと絡みつき、雨で濡れたお互いの服がぺたりとくっつく。
「わたくしたちに形はいりませんよ? その想いと、このエギル様に縛られてる証の奴隷具さえあれば、わたくしたちは満足ですからね」
「エレノア……」
「ちょっと、ズルい! なにいきなりキスしてんのよ」
また唇を重ねようとした時、セリナが大声を出して止める。エギルの首に腕を絡めたまま、エレノアは「ふんっ」と鼻で笑った。
「ズルい? わたくしは男女の関係は早いもの勝ちだと思います。セリナには勢いがありませんね。やっぱり、セリナは愛人コースまっしぐらですねぇ」
「だ、か、らっ! 私は愛人じゃないって言ってんでしょ。ねっ、エギルさん!?」
ズンズン、と近付いてくるセリナ。
少し怖い表情に、エギルは何度も頷く。
「あの時、私が妊娠してもいいって言ってくましたもんね?」
「あ、ああ――」
そして今度はセリナにキスをされた。
舌を絡ませたキス。辺りは少し冷たい空気なのに、口の中に入ってくる舌は温かくて、もっとほしいと、いつの間にか細腰を強く抱きしめていた。
「なーんか、二人に圧倒されちゃったなぁ」
「わ、わわわ、あんな、あんな……」
「……変態」
三人に見られながら、エギルはエレノアとセリナと交互にキスをしていく。
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