第13話




「ハルト。裏切り者はいつも黒い霧を使って冒険者を狙うのか?」




 テントに戻ってきた四人。エギルがハルトに聞くと、彼は首を縦に振った。




「はい。ですが、いつもは一人になった所を狙ってきます。今回は珍しいです」

「なるほどな。じゃあ裏切り者は目的を変えたのかもしれないな」

「目的を、ですか?」




 エレノアは首を傾げる。




「まあ、これは俺の勘だが。俺たちが参加する前までは自分の正体がばれないように、対象が一人になったとこを狙いにきてた。だが今回は、他のギルドと一緒にいるのに攻撃してきた。明らかに方法を変えて、少し強引になったと思える。だから目的自体を変える理由があったんじゃないか?」

「理由ですか。それがどんな理由かはわからないですが、これからは堂々と狙ってくる可能性が高いってことでしょうか?」

「おそらくな。だから明日からはもっと周囲を警戒しておいた方がいい……それに」

「どうかしましたか?」




 黒い霧。

 これは職業の力だろう。

 それが少しばかりエギルは引っかかっていた。

 それに、黒い霧という言葉が出たとき、何人かがおかしな反応を見せていた。




「……ハルト、その黒い霧に見覚えはあるか?」




 エギルはハルトに問いかける。すると彼は、一瞬だがビクッと肩を震わせて、ぎこちない笑顔をこちらへ向ける。




「え、いや、ないですよ」

「そうか」

「あっ、ミカエラさんに呼ばれてたので、また明日、迎えに行きますね」




 全身に身に付ける鎧を鳴らし、ハルトはテントを出ていく。そして交代するように、テントには珍客が入ってくる。




「エギルさん、また白ウサギが入ってきましたよ!」




 セリナの大きな声がテント内に響く。

 視線の先には白ウサギが、律儀に入り口に立ってこちらをジッと見ていた。




「あの時の白ウサギですよね。今日もトウモロコシあげるから、逃げないでよ?」




 セリナがトウモロコシを探しに立ち上がると、白ウサギは走り出し、真っ直ぐエギルへと突進してきた。




「うわっ、なんだコイツ」




 速度は遅かったが驚いて後ろに倒れてしまった。

 いきなり凶暴になったのか? そう思っていると、白ウサギはエギルの顔の横まで来て赤色の瞳で見つめる。

 そして――小さな声で言葉を発した。




『……湖に来て。エギル・ヴォルツ』




 聞き間違いだろうかと二人を見るが、二人にも聞こえていたらしく、




「えっと、この白ウサギ、いま喋りましたよね?」

「……喋りましたね、動物が」




 驚いていた。白ウサギが言葉を発した。それは有り得ないことなのだが、一つだけ、動物を介して話をする――そして操る方法はある。

 エギルは立ち上がり「少し外に出てくる」と言って外に出ようとするが、エレノアはそれを止めるように腕を掴む。




「……危険ではないでしょうか? このタイミングで接触してきて、しかも、直接ではなく間接的に、職業の力を使っての接触です。罠という可能性もあります」

「かもな。だが、この力を使う職業はそこまで強敵じゃない。まあ、大丈夫だろう」

「……わたくしたちも付いて行ってもよろしいでしょうか?」

「いや、俺だけを呼んでたから、二人はここで待っていてくれ」




 心配そうにするエレノアとセリナの頭を撫で「野営地は安全だが、念のため警戒していてくれ」と伝える。そしてテントを出ようとして、エギルは足を止めた。

「……トウモロコシでも持っていくか」

「餌、でしょうか?」




 エレノアは首を傾げて、生のトウモロコシをエギルに渡す。




「どっちのかわからないがな」

「生ですから、どうでしょう。人間の好物ではないと思います?」

「まあ、言ってみればわかるか。すぐに戻るから、二人はここを出ないでくれ」




 わかりました、その返事を聞いてエギルはテントを出る。

 いつもは騒がしい野営地だが、今日だけはお通夜のように静かだ。おそらくは、それぞれのギルドが進退を考えているのだろう。


 ――残るか。

 ――去るか。


 相手がSランク冒険者だと過程するなら、ここで退くのが正しい選択だろう。そこまで粘るクエストでもない。それに残った者としては、裏切り者以外がリタイアしてくれれば、絞り込むのが楽になって助かる。

 そんなことを考えながら歩いていると、すぐに湖に到着した。

 セリナと愛し合った湖。そしてその時、あの白ウサギがいて、目が合った場所。

 もう水浴びをしている者はいない。だが一人、湖を眺める者がいた。

 透き通った綺麗な水色のロングヘアーを伸ばし、髪を右耳に掛け、左耳の上には銀色の髪留を付けた彼女。

 年齢は一〇代半ばだろう。

 大人っぽさはなく、振り返った彼女は眠たそうな細い線のような瞳をエギルに向ける。




「お前は、ファビオラのとこの奴だな?」




 首もとに奴隷具を装着している彼女。ファビオラのパーティーの者は過度な色香と厚い化粧が印象的だったが、目の前の彼女だけは少し違った。

 良い言い方だと落ち着いた少女。悪い言い方だと感情が無い少女。




「……初めまして、エギル・ヴォルツ」




 立ち上がるわけでもなく、顔をエギルに向ける彼女の声色は抑揚がなかった。

 エギルは着ていたローブのフードを脱いで隣に座った。




「顔を隠していたが俺を知ってるってことは、何度か俺らの前に現れた白ウサギは、お前が操ってたってことか」

「……そう。わたしの職業の力」

「調教師、だったか?」

「……そう。初級職業の調教師」




 素っ気ないというか、愛想がない。

 調教師は動物を操って魔物と戦う力だ。とはいえ、その操れる動物の種類も限られていて、初級職業では小動物を数体だけ操れるだけと、かなり使い勝手が悪い力だ。




「名前は?」

「……どっちの?」




 彼女自身か、膝に乗せてる白ウサギか、という意味だろう。




「どっちもだ」

「わたしはフィー。フィー・シリウス。こっちがエリザベス。5歳」

「お前の年齢じゃないんだな」

「……ああ、そういうこと。わたしは16歳」

「そうか。それで、なんで俺を呼んだ?」




 そう聞いても、フィーは表情を一切変えることはない。まるで心のない人形のようだ。それがエギルが抱いたフィーの第一印象だった。そして人形のような彼女は目の前の湖をジッと見つめ答える。




「きっかけは単純。三人が怪しかったから」

「三人? 俺ら三人ってことか?」

「……うん。あのハルトって人のギルドメンバーは前から見てたから知ってる。人が変わってるのは明らか」

「やっぱり気付くよな」




 顔は隠してるけど、さすがに仕草とか、色々な要素でわかる奴にはわかる。




「だから、エリザベスを使って三人を見張れ。それが、ファビオラの命令」

「ファビオラの?」

「そう。裏切り者とは思ってないけど、どんな奴か知りたかった、だって」

「それで、ファビオラに俺らのことを言ったのか?」




 無表情のフィーは、首を横に振った。




「本当は報告するつもりだったけど、気が変わった」

「なぜだ?」

「……ヤドカリは、宿主を変える生き物」




 フィーは自分の首を絞めている赤色の奴隷具に触れると、首輪を半分に外した。




「……お前、ファビオラって奴の奴隷じゃなかったのか?」

「付け方があれば、外し方もある。……知らない?」

「あまりその手の物には詳しくないからな」

「ふーん。仲間の二人は奴隷なのに、変なの。説明は長くなるから、省いていい?」

「構わない」




 別に必要な情報じゃない。それよりも、なぜフィーが奴隷具を外してみせたかの方が気になる。




「それで、宿主を代えるってのは、俺に主を代えるってことか?」

「そう」

「理由は?」

「……より裕福な生活を送るため」




 真っ直ぐ前を見つめ、何の感情もこもっていない声色で答えられた。




「それが本音か?」

「そう。本音」

「また奴隷になるつもりか?」

「そう。養ってもらいたい」

「……なぜ、俺なんだ?」

「……エギル・ヴォルツがSランク冒険者だから」

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