第14話
「俺がSランク冒険者だって知ってたのか?」
「情報収集は得意分野だから」
「そうか。そのエリザベスを使ってか?」
「他にもいる。それより……ねぇ、それ頂戴」
フィーはエギルが持ってきたトウモロコシを指差す。どうやらこれは人間の方の好物だったらしい。
「好きなのか、トウモロコシ?」
「好きなの、モロコシ」
「……そうか」
エギルはフィーにトウモロコシを渡すと、彼女は小さな手でそれを真ん中で折って半分にし、片方をエリザベスに分け与えた。
どうやら人間も動物も、どちらもトウモロコシが好物らしい。それを横向きにして口元に付けると、
「ガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジ」
『ガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジガジ』
フィーとエリザベスは無心でトウモロコシにかぶりつく。その勢いは、さながら肉をかぶりつくようだが、これはトウモロコシなので、少し歪つな姿だ。
そして、ものの数十秒で完食すると、律儀に芯の部分をエギルに返す。
「……ごちそうさま」
「……ああ。返されても困るんだが、まあいい。それで、本当に裕福な暮らしがしたかっただけなのか?」
「そう。他に理由なんてある?」
「いや、せっかく何らかの方法で奴隷具を外せたなら、もう奴隷なんかにならなくて済むんだぞ?」
「……一人で生きるってこと?」
横目でジーッと見られると、エギルは頷いて肯定する。
細い瞳からは綺麗な水色の瞳がうっすらと見えるが、この無表情な顔が綺麗さを消している。
そして、フィーは初めて笑った――鼻で。
「ふっ。めんどくさい」
「……お前、働きたくない主義か?」
「そう。奴隷って便利な職業だよ。何もしなくてもご飯が貰えるんだから」
「……ものは考えようだな。だが、乱暴とかされなかったのか?」
女の奴隷が最も嫌がるのは、乱暴されることだろう。その中には当然、犯されることも含まれている。だが、フィーは再び鼻で笑った。
「ふっ。わたしの体に需要があるとでも?」
フィーと共にいた奴隷たちよりも貧相な胸もと。とはいえしっかり膨らみはある。ただ色気のないお尻に一四〇ほどの低身長。
確かに、大人の色気なんてものはないが、それは人それぞれだ。
「……世界には、色々なタイプの奴がいるからな。まあ、需要はあるだろ」
「ないよ」
「即答かよ」
「だけど、犯されそうになった経験はある」
「……そっか」
少しだけ、しんみりとした空気になっても、彼女は表情を一切変えずに答えた。
「……だけどわたし、犯されそうになっても無反応だったから」
「えっと、それは……?」
「ファビオラは、人形みたいでつまらない、って」
何て返せばいいのかわからず沈黙が生まれる。すると、フィーは言葉を続けた。
「ファビオラに一度だけ犯されかけたけど、脱がされたらすぐに相手されなくなった。興味がなくなったらしい」
「随分と他人事だな」
「他人事だよ。だって楽しくないし、何の感情も湧かなかったから」
これも本心からの言葉だろう。フィーの表情が明るくなることもなく、かといって暗くなることもなく、他人の話をしてるようだった。
「……昨日、エギルがあの奴隷としてたの見た」
「……白ウサギでその姿も見てたのか」
「うん、ばっちりと。ギルドの皆は、ファビオラと嫌々やってる。エギルがしてたことは男が気持ちよくなるだけだって、ギルドの皆が言ってた。だけど、昨日見たのは、少し違った」
「昨日の俺とセリナのセックスは違うと思ったわけか」
「セックス……そう、それ。あの奴隷、凄く幸せそうだったから。変なの、って」
「まあ、それは愛があるかどうかじゃないか?」
「へぇ、愛ね。そんなの実在するんだ」
表情が変わらないから、どう思ってるのかわかりずらい。だが今だけは、さっきよりも暗い表情に感じる。
「まあ、どうでもいいや。それより、どうするの?」
「どうするとは?」
「わたしたちを養ってくれる?」
「……たちっていうのは?」
「わたしとエリザベス、それに他の家族も」
家族というのは、白ウサギのエリザベス以外にも動物がいるということだろう。調教師は多くの動物を飼い慣らし、心を通わせることによって、複数の動物を同時に遠隔で操作することができる。なのでフィーが沢山の動物と心を通わせ、操作することは十分にありえる。ただフィーの性格からして、あまり他者に心を通わせるタイプには見えない。
「んっ、エリザベスも養ってって言ってる」
そんなことを考えていると、フィーはエリザベスの両手を持ち上げて見せてくる。お腹を見せ、ぷらんぷらんと横揺れするエリザベスは落ち着き、潤んだ赤色の瞳で何かを訴えているようだった。随分とフィーに懐いてる。人間には無愛想だが、動物とは心を通わせられるということだろう。
「……タダで養うわけにはいかない。俺はエレノアとセリナが大切だ、できれば厄介事は増やしたくない」
セリナの件で奴隷を奪い、元奴隷が奪い返そうとしてセリナを危険にさらしてしまった。エギルは奴隷であれば誰でもいいわけではない。ファビオラを敵に回して、エレノアとセリナに危険が及ぶのは避けたい。
エギルはそう思う。だが、フィーは白ウサギを再び膝の上に乗せ、
「わたしは役に立つ。養って損はない」
と、無表情なのだがどこか自信満々に言う。
「どう役に立つんだ?」
「わたしは全ギルドに動物を同行させられる。裏切り者が不審な動きをしたら、すぐにわかる」
「それはかなり有り難いな」
調教師のような何かを操作する職業は、戦闘にはあまり役に立たないが、戦闘外ではかなり便利な職業だと、エギルも噂程度だが聞いたことがあった。
仲間にすれば便利な職業。だがフィーが裏切り者ではないという証拠も、裏切り者と通じてないという確証もない。であれば厄介ごとは控えたい。エギルは首を振る。
「別に、俺たちは裏切り者なんてどうでもいい。ただクエストをクリアすれば――」
「嘘」
「……なぜ、そう思う?」
「Sランク冒険者が、わざわざAランクのクエストを受ける意味がない。王国に恩を売る必要も、Sランク冒険者にはないでしょ?」
確かに、その通りだ。
「それに。それなら自分のギルドでクエストを受けるはず」
「俺がギルドに所属してないからかもしれないぞ?」
「それなら尚更、このクエストを受ける理由がない。それに、わたしはエギルが仮所属してるギルドの前メンバーが殺されたとこを見てる」
その言葉を聞いて少し沈黙が生まれ、エギルは口を開いた。
「……お前、裏切り者の正体を知ってるのか?」
そう質問すると、フィーは曖昧な返答をした。
「半分知ってる。半分知らない」
「どういうことだ?」
「答えは……はい」
フィーは外した奴隷具をエギルに渡すと、一歩彼に近づいた。
「これを付けたら契約完了。エギルはわたしたちを一生養う必要がある」
「……もし、契約を破ったら?」
「死んでも恨む」
「それは怖いな」
まるでエギルがそうしないのを知ってるかのようだった。
ただ彼女の持つ半分の情報があるとないとでは大きく違う。手を上げ無理矢理にでも聞き出すことはエギルの性格ではできない。渡された選択肢は一つしかなかった。エギルはフィーから奴隷具を受け取る。
「いいんだな?」
「どうぞ。条件は後ほど」
「……条件ってなんだ?」
「奴隷契約の内容。わたしたちが幸せな紐生活を迎えられる条件」
「最悪な条件だな。まっ、条件は後で聞かせてもらう」
細い首に真っ二つに分かれた奴隷具を当てると、カチッと音が鳴り微かに魔力を感じる。契約完了。これでフィーは、エギルに逆らうことのできない絶対遵守の奴隷となった。新しい奴隷。それに喜ぶことなく、エギルはすぐさま聞いた。
「それで、裏切り者の正体は誰だ?」
「はい、ご主人様」
「おい」
「そう呼ばれたら喜ぶんでしょ? 昨日も呼ばせてた」
「別に呼ばせてない。……いいから、俺のことはエギルって呼んでくれ。俺もフィーって呼ぶから」
「わかった、エギル」
そして、フィーはエリザベスを抱きしめながら答えた。
「わたしの知ってる裏切り者は――」
フィーは自分が管理している動物たちの目を介して、これまで見てきた出来事、そして今まで散っていった者たちを殺した者の正体。それら全てを説明した。
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