第19話
──エギルと華耶が結ばれたのと同時刻。
フィーは部屋で一人、白ウサギであるエリザベスに声をかける。
「──昨日は遅くなるって言ったけど、順調に進んでるから、もう少しで戻れると思うよ。そっちは問題ない?」
フェゼーリスト大陸で待つエレノアたちへの連絡。
これまで、ここに来てから毎夜、欠かすことなく続けてきた。
それはエギルの命令ではなく、フィー自身が、エギルや、残った四人が安心できるようにと思っての行動だった。
『……実はですね』
と、エレノアは王国で起こった出来事を説明した。
時は遡ること、エギルと華耶が結ばれた日の前夜。
『──ということになったから、少し帰るのに時間がかかると思う』
エギルと共に向かったフィーから、ハムスターのゴルファス伝いで報告を受けたエレノア、セリナ、サナ、ルナの四人はテーブルを囲うように座り、目の前のハムスターから発せられるフィーの言葉を聞いていた。
帰りが遅くなると聞かされた四人は、わかっていたとはいえ少しだけ気持ちが沈む。
そんな中、エレノアが無理に作った笑顔で大きく頷いた。
「わかりました。フィーさん、エギル様をよろしくお願いしますね」
『……うん。エギルには「何かあったらすぐに帰るから、些細なことでも伝えてくれ」って言われてるから』
「わかりました。ではまた何かありましたら、よろしくお願いします」
『……うん、じゃあ』
プツンと糸が切れたように、ハムスターはちょこちょこと走ってどこかへ消えてしまった。
セリナは、天井を見上げて何度もため息を漏らす。
「そりゃあそうだよね。あー、ずっと一緒にいたから寂しくなっちゃう。あー、いつ帰ってくるのかわからないの、寂しいな……」
「セリナ、それを言っても仕方ないことですよ。わたくしたちはご主人様が湖の都の方々を連れて帰って来るのを待ってましょう」
「そうだよね。でも、やっぱ寂しいな……あっ、それじゃあ、今日はサナとルナと一緒に寝ようかな。ねっ、いいかな?」
「急にどうしたの?」
エレノアに聞かれ、セリナは苦笑いを浮かべる。
「ずっとさ、エギルさんと寝てたから……なんていうのかな、急に寂しくなって……だからたまには、二人の妹のことを思い出して、ギュッとしたいなって」
「そういうことでしたか。セリナには妹が二人いましたもんね」
「うん……サナとルナより少し年下かな」
いつもはエギルという存在がいたが、不意にいなくなると、セリナはふと家族のことを思い出し、寂しくなったのだろう。
それを察したサナとルナは、セリナの手を握る。
「あたしも寂しかったから、セリナさんが一緒に寝てくれたら嬉しいよ!」
「わ、わたしも……そうしてくれると、落ち着き、ます」
「それじゃあ、今日はお姉ちゃんが一緒に寝てあげるからね」
ふっふーん、と嬉しそうに鼻を鳴らすセリナ。
「では、わたくしも三人と一緒に寝ましょうかね」
「えー、エレノアが来たら騒がしくて寝れないから嫌よ」
「そう言わないでくださいよ。それに──今は一人より、みんなでいたほうがいいでしょ?」
少しだけ小さな声で言うと、四人は一点を見つめる。
視線の先にいる男は、暑そうに窓の外を見つめていたが、四人の視線を受けて屈託のない笑顔を返した。
「おっ、嬢ちゃんたち、話は終わったのかい?」
ハボリックが、エギルがいない間だけ、この無名の王国を守ってもらうために雇った冒険者。
左腰に深い反りのある剣を付けた男は、四人の冷たい視線を受けてもニコニコとしていた。
ハボリックは冒険者相手には顔が広いというのを、四人はエギルから聞いていた。なので、椅子に座って窓の外を眺めるこの男が、ハボリックの知ってる中で一番の実力者であって、悪い者ではないというのも四人だって理解している。だが、
「いやー、ここからの眺めってのは、下から見るよりも絶景だな。俺っちもここに住もっかなー」
どこか能天気な雰囲気のある彼に、エレノアたちはどうしても、この無名の王国を守ってくれそうな強いイメージは持てなかった。
服装は金属類の一切付けてないよれよれの衣服で、持ち物は、腰に付けた一本の剣のみ。その剣自体も高価なものではないのは、使い古されたボロボロな感じからわかる。
猫背で背丈は一六〇ほどと男性にしては低く、顔にある皺などを見ると、おそらく三〇後半だろう。あまり若くは感じない。少し老けた顔付きに、茶色の瞳。
本来は綺麗な茶髪なのだろうが、少し毛が痛んでいて、焦げ茶色というのが正しい。
そして、最も怪しい雰囲気を感じさせるのは、あの無造作に伸ばされた髭だろう。
カッコよくも清潔感もない、ただの不潔な髭に、エレノアたち四人の初対面での印象は良くなかった。
「ハボリックさんが選んだ方なので、悪い人ではないと思うのですが……」
エレノアは小声でそう漏らすと、他の三人は、
「あれはどう見ても胡散臭すぎるって。ハボリックさん、違う人と間違えたんじゃない?」
「あたしもそう思う。なんか頼れる感じがしないもん」
「わ、わたしは……よく、わからないですけど、あまり、いい人には見えない、です」
三人も苦い顔をしていた。だが、そんな悪口ともとれる言葉を投げかけられているとも知らず、彼は窓の外を眺めながら、子供のように満天の星空に興奮していた。
「いやー、やっぱ住む場所が違えば、見える景色ってのも違うんかねー。なっ、エギルもここからの景色を楽しんでたのか?」
エギルのことを知ってる、ということはエギルの知り合いなのだろうか。だが、エギルは少なからず冒険者の間では有名で、名前くらいは知っていてもおかしくはない。
エレノアは作り笑顔で言葉を返した。
「エギル様はあまり星は見ません。夜景とかもあまり好みませんので」
「なんだ、勿体ねぇの。……まあ、あいつって、昔からそんな奴だったからな」
「昔から?」
「ん、ああ、いや……こっちの話だ。それより俺っちさ、移動やらなんやらでちっと疲れちまってよ。どの部屋を使えばいいんだ? ベットが高くないと眠れねぇお子様気質だからよ。あっ、あいつの部屋借りていいか? そこなら──」
「──駄目!」
すぐに反応したのはセリナだった。テーブルを叩いて立ち上がった彼女は、みんなからの視線を受けて、少し恥ずかしそうに咳払いした。
「……エギルさんの部屋は、駄目です」
エギルの部屋は、エギルと彼女たちが愛し合う場所として使われている。匂いだって、まだまだ残っているだろう。そこに他の男が寝るのは、彼女たちにとっては絶対に阻止したいことだった。そして、即答で断られた彼は少し驚きながら、
「ふーん、そっか。じゃあ俺っちはどこ使っていいんだ?」
そう聞き返されると。エレノアが立ち上がり、
「空いてる部屋があるので、わたくしがご案内します。三人はここで待っていてください」
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