第2話
満点の星が輝く夜空から降り立った一体のドラゴン。その上に跨った少女は、屋上で出迎えたエギルを見ていつも通りの笑顔を浮かべた。
「久しぶりじゃな、エギルよ」
「ああ、久しぶりだな、レヴィア」
薄紫色の髪を胸元まで伸ばし、黒の生地に赤い糸の刺繍をあしらったドレスを着たレヴィアはドラゴンから降りる。
約束をしていたわけじゃなく、彼女はいつも唐突にエギルの前に現れる。そして、そういったときは決まって何かをもたらす。
それが吉報か凶報か、それは彼女の表情からは読み取れず、聞くまではわからない。
ただ今回は何についてかはわかっていた。
「ここまで来て悪いが、まだ神の湖に続く扉は開いてないのだ」
そう告げると、ドラゴンの頭を撫でるレヴィアはクスッと笑った。
「であろうな」
「わかっていたのか?」
「なんとなくだがのう。いくらあの娘が賢くとも、不可能なことはあるのじゃ。それで、あの娘はいずこへ?」
「さあな。ただ扉を開けるために今も調べてくれているはずだ」
「どこに行ったかも知らずにかのう?」
「聞いたところで何もできないし、俺が手伝えることかわからなかったからな。それに、一人で難しいなら相談しに来るだろう」
「なるほど。頭の作りが異なるお主が側にいても力になれんのは納得じゃな」
「おい、他に言い方はなかったのか?」
酷い言われように苦笑いを浮かべると、レヴィアはケラケラと笑い出す。
神の湖へと続く扉が開いていないことに薄々では気づいていたのであれば、ここへ来た理由は別にあるのだろう。
「話があるなら中に入るか?」
そう伝えるが、レヴィアは首を振り、屋上の手すりに背をかけた。
「遠慮しておこう。中に入ると、お主の女たちが集まってきそうだからのう」
「……何か、聞かれたくない話か?」
彼女との関係は昨日今日の間柄ではない。
普段ならエレノアや他の彼女たちを交えて話すことを承諾する彼女が今日は拒否した。
それがエギルと二人で話したいという意志表示なのは明白だった。
「うむ、少しだけな……」
夜風がレヴィアの髪を靡くと、一瞬だけ悲しそうな表情が見える。
エギルは彼女の近くまで寄り添い、手すりに体を預けたまま空を見上げる。
「エギルよ、お主は神の湖を目にして、何がしたいのじゃ?」
「何が、か……。どうもしないさ。俺は自分が守りたい者のために、ここを狙われる理由を知りたいだけだ」
「……目の前に、世界を支配できるほどの力があるかもしれんというのに、それだけかのう?」
その言葉は、神の湖には絶対的な力を与えてくれる何かがあるような言い方だった。
世界を支配できる、それは誰しも望むものかもしれない。だが今のエギルには不要だった。
「俺は世界を支配したいわけじゃない、ただ、みんなを守りたいだけだ」
「その力をいざ手にしても、果たして同じことが言えるかのう?」
「ああ、言えるさ。それに俺は、今の自分の力でも世界をなんとかできるんじゃないかと思っているからな」
冗談半分に口にした言葉。
レヴィアは一瞬だが驚いた様子を見せたが、すぐに笑みを浮かべた。
「……どこまでも無欲な男じゃ」
「十分過ぎるほど大切なものを得ているからな。力だけでなく、幸せだってな」
「なるほど。この世の人間が皆全て、お主のような考えであれば幸せだったであろうな……」
その言葉に違和感を覚えた。
「何か、あったのか……?」
「さあ、どうだろう。ただ、この世の人間はお主のように無欲ではないということじゃ」
曖昧な言い方をするレヴィアはエギルに背を向けると、そのままドラゴンに跨った。
「お主の幸せは何か、それを聞けただけで十分なのじゃ」
「それだけのために、わざわざここまで来たのか?」
「うむ、その通りなのじゃ」
「何かあって、俺に相談に来たわけじゃないのか?」
「……」
レヴィアは一瞬だけ何か言いたそうに口を開き、またすぐに閉じて首を左右に振る。
「……なんでもないのじゃ。それに忘れたのか? お主と我はこうして話してはいるが元は敵同士。そんなお主に相談することはないのじゃ」
「そうかもしれないが……」
「それに、我は闇ギルドに所属する者。もしも何かあったとしても、そこを頼るのが当然ではないかのう?」
終焉のパンドラ。それがレヴィアの所属しているギルド。
けれど彼女がその所属するメンバーとあまり一緒にいないことも、ギルドの者たちが慣れ合わない連中だということも知っている。
なのにどうして、今ここで闇ギルドの話題を出したのか?
エギルはそのことに疑問を持ったが、レヴィアは構わず飛び立とうとした。
「それに、お主とこうして会うことはもうなかろう」
「どういうことだ?」
「神の湖の先を見たかったから、これまでお主に手を貸してきた。だが、その手掛かりすら見えていないのであれば、これ以上の関わりはする必要がない。そういうことじゃ」
その言葉はまるで、レヴィアから、これ以上は関わりたくないという意志表示のようだった。だがそれは変だ。わざわざそんなことを言う必要はない。というより、それこそ彼女らしくない。
──まるで、関わりたくないというより、何か理由があって自分とは関わらないほうがいいと諭しているようだった。
「レヴィア、本当に何も──」
だが、その言葉はドラゴンの羽ばたきによってかき消された。
大空へと飛び立つドラゴン。その背中に乗ったレヴィアの表情は、どこか覚悟を決めたような力強いものだった。
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