第9話
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「もしかして、エギルさんが……」
南の三の門から攻め込んでくる騎士の数が極端に減ったお陰で、セリナたちは敵を一掃することに成功した。ようやく雨が上がった戦場には、ゲッセンドルフやハルトや冒険者たち、それに──セリナの安堵した姿があった。
「おねえちゃん!」
「お姉ちゃん!」
セリナを見つけたクロエとシロエは、勢いよく姉のもとへと走り出した。
セリナの胸に、クロエとシロエは飛びついた。
「無事で……無事で良かったよ、おねえちゃん!」
「本当ですよ、お姉ちゃん!」
「え、あっ、えっ……シロエと、クロエ……なの?」
セリナは困惑しているのか少し震えた声を発した。
「そうだよ、そうなんだよ、おねえちゃん!」
「ずっと、ずっとずっと捜してたんです!」
「そん、な……二人が……」
冷たい雨に濡れそぼるセリナの頬に、温かい涙が流れる。
戦う時は凛々しく、みんなといるときは頼もしく、サナとルナに対しては実の姉のように接していた明るい彼女だが、今だけは感情を露にしていた。
「やっと……や、とっ、会えた。無事で、良かったよっ……シロエ、クロエ!」
エギルがシロエとクロエが出会えたのは偶然だった。しかし、それは二人がセリナを捜していなければ、そして、セリナがエギルのもとへ来なければ、叶わなかったことだ。
だからこうして再会できたのは、三人が互いを想っていたからなのだとエギルは思う。
「おねえちゃっ、会いたかったよっ、おねえちゃんっ!」
「私もですよ、お姉ちゃんっ!」
二人は泣き叫び、空白だった姉との時間を埋めるように、セリナに抱き着く。そしてセリナもまた、涙を流しながら、二人を力一杯抱きしめていた。
「うん、うんうん……私も、だよ。……守ってあげられなくて、ごめんね。……弱いお姉ちゃんで、ごめんね。怖い思い、いっぱい、いーっぱいさせて、ごめんね」
セリナは綺麗な涙を流しながら、エギルに満面の笑顔を向けた。
「エギルさん……ほんとうに、ほんとうに、ありがとう……ございますっ!」
その言葉に、エギルは笑顔で応えた。
「──エギル様!」
突然、聞きなれた声がした。
「エレノア」
ボロボロになったドレスに、体中に擦りむいた傷をつけたエレノアは、エギルを見るなり涙を浮かべながら微笑んだ。
その後ろには、サナやルナ、ゲッセンドルフたちがいた。
「……お待ち、しておりました」
目の前まで走ってきたエレノアは沈んだ表情に変わり、零す言葉は苦げで、申し訳なさが滲み出ていた。
「エギル様の留守を守れず、心配をかけてしまい……」
謝るつもりなのだろう。そんな彼女の頭に手を置き、エギルは笑顔を浮かべた。
「よく、守ってくれたな。ありがとう」
そう言葉をかけると、エレノアは子供のような笑みを見せた。
「はい、みなさんのお陰です」
エギルは頷くと、サナとルナに顔を向けた。
「二人も、よく頑張ってくれたな。ありがとう」
「えへへ、疲れたよ、もう」
「みんな無事で、良かったです」
「ああ、本当によかった。ところで、これからだが──」
「実はエギル様、騎士の方々はどこの王国から来たのかはわかりませんが、白いローブの集団はヘファイス伝綬神を崇める者たちで、この王国のどこかにあるらしい神の湖を探しているようです」
「神の湖が……ここに」
エギルたち冒険者にとって神の湖なんてのは、どこにあるかわからないし、まるっきり関知しない場所。
それがどうしてここに。そう思った時、エギルは少し前の記憶を思い出した。
「まさか……」
それはレヴィアが言っていたこと。
『ヘファイス伝綬神が勝手に描いた世界の在り方。人間は魔物を殺し続ける。魔物は人間の力関係を象徴する存在にすぎない。それが世界の在り方だと、そう勝手に決めたのは、あの腐った神とやらじゃ。我ら魔物が生きたいと願っても人間に命を狙われるように仕向けているのは、あの神と名乗る愚か者ではないか』
レヴィアはヘファイス伝綬神を嫌い、憎んでいた。
だからもし、彼女がここに神の湖へと続く道があると最初から知っていたなら、ヘファイス伝綬神に近づくために《ゴレイアス砦侵攻戦》というクエストを受けたのも頷ける。
彼女がエギルに手を貸してくれたのも……。
「レヴィ──」
レヴィアへ視線を向けると、彼女はドラゴンに乗ったまま、
「近いうちにまたここへ来るのじゃ。その時に、ゆっくりと話すとするかのう」
そう言って、レヴィアともども二頭のドラゴンは大空へと羽ばたく。
すっかり雨が止み、空には朝日が昇っている。
エギルはゲッセンドルフたちに視線を向ける。
「お前たちもよく戦ってくれた。すまない、助かった」
「いえいえ、エレノアさんたちが戻ってきてくれたお陰です」
「それでも助かった。よくこの少ない人数で凌げたな?」
そう聞くと、エレノアは苦笑いを浮かべた。
「実は……エギル様のお知り合いの二人に手を貸していただきました。彼らが王国の外からの侵入を凌いでくださっていたのです」
「王国の外からの侵入を二人で? それも俺の知り合い?」
そう言われてもエギルには誰の顔もすぐには思い浮かべられなかった。
騎士たちの侵入をたった二人だけで凌ぐことなんて、相当の実力がなければ不可能だろう。
それはエギルと同じSランク冒険者の称号を得た──
「まさか……シルバさんと、もう一人はリノか?」
知り合いで考えられる人物はその二人しかいなかった。
「ええ、そのお二人です」
「そうか」
エギルはお礼を述べようと足を踏み出したが、すぐに立ち止まり、遠くを眺める。
二人ならきっと、もう近くにはいないだろう。エギルがここへ到着し勝利したのを見届けて、何も言わずにどこかへ向かっただろう。
「二人は、元気そうだったか?」
そう問いかけると、サナが口を開く。
「初めて会ったときは、シルバさんは胡散臭くて、リノさんはすっごく怖かったよ!」
「シルバさんは、まあ相変わらずか。リノが怖かったなんて意外だな」
「エギル様、そうなのですか?」
「ああ、昔のリノは臆病だったからな」
エギルが頷くと、サナとルナが疑いの眼差しを向けてくる。
「まあ、元気そうならよかった。それに……」
世界が何かしら変わろうとしているのがエギルにもわかる。そして、その変化に二人も巻き込まれるに違いない。なにせシルバもリノも──そしてエギルもそういう運命に生まれた者なのだから。
まあ、一言でもいいから話をしたかったというのが正直な気持ちだが。
そんなことを思いながら、エギルはこの戦いが終わった戦場でみんなと笑い合うのだった。
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