第6話
──時は遡ること数日前のこと。
ソフィアはヴォルツ王国から離れ旅立った。
向かう先は、この世界の南東に位置する──エズリア大陸だった。
そこはこの世界の北西の位置にあるフェゼーリスト大陸や、南西にあるシュピュリール大陸よりも気温が高く、昼夜問わず熱帯夜に近い。
そのため水は稀少で、大陸の七割が砂地で占められている。
そんな大陸の中心ににあるのが、エズリア大陸に七つしかない都市の一つ──メリッサ。
メリッサはエズリア大陸随一のヘファイス伝綬神の信奉者が集う場所だった。フェゼーリスト大陸では陰に隠れるような集団が、ここでは普通に暮らしている。
そんなメリッサには、【オルス神殿】という一際大きな神殿が建てられていた。
オルス神殿の中には白いローブを纏った神教団の者たちがいる。若い者は十代から、年配の者になると八十を越えている者まで。
しかし、年齢に違いはあれど白いローブをまとう者たちは全て男性だった。
その者たちが集めっているのは、神殿内に設けられた広々とした礼拝堂だった。
「急な招集に応えてくれた同胞諸君に感謝する」
ヘファイス伝綬神を崇める信者たちの視線の先にいる人物は、ヘファイス伝綬神を象った礼拝を背に立つ唯一の女性――イスリファ・オルス・アーネストリー。
年齢は二十代前半といったところだろう。
銀色の髪を伸ばし、翠の瞳が周囲を見据える。
彼女に視線を向けられ、頬を赤く染める男性もいた。それほどまでに、皆の前に立つ彼女の容姿や服装、それに雰囲気には男性を誘惑するものがあった。
赤い宝石を胸元に提げ、肉付きのいい褐色肌にぴっちりと吸いつくような薄い白の布生地のみと、かなり肌を露出した服装をしている。
女性でも男性でも一目見れば興奮させるような魅惑の容姿をもった美女。だが、佇まいも声色も凛としていた。
彼女は部屋に集まる白いローブの男たちに言葉を発した。
「……皆も知っている通り、現在、フェゼーリスト大陸にいる同胞たちが、特定の冒険者らに聖力石の誤った使い方を教えているようだ。これは我らが神、ヘファイス伝綬神への冒涜である!」
彼女の言葉に男たちは深く頷く。
そして怒りを滲ませた彼女はテーブルを力強く叩いた。
「彼らは我々の忠告を無視し続けた。……これではもう彼らを同胞とは呼べぬ。この時を持って、我々は奴らを断罪し、人々が魔物から身を守る術として与えた聖力石をあるべき存在へ戻すため行動しようと思う!」
拳を握って訴えた彼女の言葉。だが、さきほどまで頷き、賛同の気持ちを抱いていた者たちの表情は一変する。
「で、ですが、姫様……奴らは聖力石の力を野蛮な冒険者共に与え、自分たちを守らせているというお話です。我々が止めようとしても──」
「──だったらどうするというのだ!? 皆は、このまま反逆者と化した同胞を野放しにしていいというのか!?」
「い、いえ、その……」
歯切れの悪い男は、他の者たちと顔を見合わせ苦笑いを浮かべる。
いつもの光景。彼女の言葉に賛同しながらも、いざ行動に移そうとすると腰の引ける男たち。
そんな彼らにイスリファはため息をつく。
「……皆の気持ちも理解できる。我々が行動に出ても、用心棒を得た奴らにはそう簡単に太刀打ちできんことも……。だが、我々とてこれ以上、奴らの行動を見過ごせない。これではヘファイス伝綬神を信仰する我ら神教団が貶められてしまう」
そう伝えてもまだ、信者たちは難しい表情を浮かべていた。
イスリファの話に男性たちが何か言おうとして口を開くが、またすぐに閉じる。まるで人形たちに訴えているような状況に、イスリファは苛立ちを抑え目を伏せる。
「もう良い。これからのことはこちらで考える。皆は部屋で休んでくれ」
その言葉を受けて、大勢が席を離れるなか、
『力を手にした連中に敵うわけないだろ』
『父親が守護者なだけで、本人は俺たちと何も変わらないくせして偉そうに……』
『だから姫なのだろ? 表に出てこない父親の代わりに、偉そうに指図するだけの褐色姫様』
どこからともなく聞こえる本音。その声の主は特定できない。
「どうして、男というのはこうも軟弱なのだ。陰でコソコソと。言いたいことがあればはっきりと私に言ったらどうだ」
イスリファは、窓からサラサラとした砂が巻き上がる外を眺める。
「──あんたが怖いんでしょ? 見てれば私にもわかるわよ」
どこからか声がした。部屋を見渡すと、入り口に一人の少女が立っていた。
「こんなただの女を怖がるとは、男とは軟弱なのだな──ソフィア・アルビオン?」
イスリファは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに鼻で笑って答えた。
「お前はずっと前に、フェゼーリスト大陸に帰ったと言ってなかったか? よくここまで来れたな」
「まだこれの効力が残っていて助かったわ」
それは、学園などで発行される身分を証明するカードだった。
「なるほど……十年ぶりだろうか?」
「ええ、学園の卒業式以来になるわね」
ソフィアとイスリファ。
二人はかつて、共に世界を学んだ学友だった。
彼女たちが通っていたのはこのエズリア大陸にある、貴族や王族、それら後世に名を残すであろう優れた者たちが世界各地から集うオーフェミア学園。
ソフィアは名家の出ではないもののその頭脳を買われ、入学を許された。イスリファは将来、メリッサで神教団を束ねる父の跡を継ぐため入学した。
そして先程のソフィアが見せた身分を証明するカードは、このエズリア大陸に入ることを特別に許可された証だった。
「それで、お父様の跡を継いで神教団を立派にすると豪語した私を笑いに来たのか?」
「まさか、私が時間を無駄にすることを嫌っているの、知っているでしょ?」
「そうだったな。お前は他者と関わることすら、無駄と考える変わり者だものな」
旧友との久しぶりの再会を喜ぶ──という空気ではない二人。どちらかというと、イスリファはソフィアに探りを入れているようだった。
「それで、そんなお前がここへ何の用だ?」
「酷い言いようね。旧友の顔を見に来た、とは思えないの?」
「ああ、思わんな。こうした会話こそ、お前の嫌う無駄な時間ではないか?」
窓の側にある長椅子に腰かけたイスリファは、早く要件を言え、と言わんばかりにソフィアを促す。
「そうね、無駄な探り合いね。私がここへ来たのは、神の湖の先、それを知りたいからよ」
「ほお……」
イスリファの表情が、一瞬にして変わる。
「なぜ、それを私に尋ねるのだ?」
「神教団の知り合いがあんたしかいないからよ。それに、父親が神教団のお偉いさんだからね」
「……そうか。だが私から言えるのは、神の湖の先が見たいなら勝手に見たらどうだ? ということだ」
「誰でも入れるわけではないんでしょ?」
「目の前にあれば入れる。隠したい何かがあるわけではないのだからな」
イスリファはさも当然のように言い切った。扉に特別な封印がされていることを、ソフィアが知らないと思って。
「そう、じゃあ──扉は開いているのね? 例えば奇妙な術式で封印なんかもしてないと」
「……」
「紫、というより、人を拒む奇妙な輝きと表現するのが正しい?」
微かな間が空く。だが少しして、イスリファは笑みを浮かべた。
「……ソフィア、新たな神の湖を目にしたな?」
「新たな……?」
「ああ、そうだ。何処でそれを見た?」
「それを話すとでも?」
「旧友だからな」
「先に旧友に隠し事をしようとしたのはどっちだか。まあいいわ、あんたは何も知らないのね」
「どういう意味だ?」
声のトーンが下がり、イスリファの翡翠の瞳が歪む。
この反応を見るに、ヴォルツ王国を襲った神教団はイスリファとは別の連中と考えていいだろう。
「そうね……その場所を教えてもいいわ。だけど代わりに、扉を開ける方法を教えてちょうだい」
「教えるとでも?」
「教えてくれないと困るわ。旧友とは、これからも友達でいたいんだもの」
「脅しか……?」
「いいえ、これは取引よ」
「なに?」
「さっきの話は聞いていたわ。あんたたち、神教団の中でも仲悪い連中がいるんでしょ? それを止めるために手を貸してもいいわ」
「止める、とは、力を貸してくれる者を紹介してくれるということか?」
「ええ。他の連中は、フェゼーリスト大陸にいるあんたらの同胞に関与したくなさそうだったもの」
沈黙が生まれた後、イスリファは大きく息を吐いた。
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