第5話
二人の女性の、それもよく聞きなれた声だ。エギルは振り返った。
「いつの間にか一人になっていてな。つき合ってくれるか?」
「仕方ない、お姉さんたちが一人ぼっちのエギルさんとお酒を交わしてあげましょう」
朱色の衣を羽織った華耶は、蝋燭の火の形をした尻尾を左右に振って隣に座る。
「フィーもつき合ってくれるのか?」
透明感のある水色の髪を垂らし、白ウサギを抱きかかえたフィー。
「いいよ。仕方ない」
と、素っ気ない返事とは裏腹に、エギルと肩を触れ合わせるほど近い距離に座った。
「二人だけか?」
「ええ、少しお仕事でね」
「仕事?」
「……セリナが、北の住民区にある宿屋で、夜に騒がしい男女がいないか調べてきてって」
「あれか……」
エレノアが言っていたもう一つの件である、宿屋で寝泊まりする男女の嬌声が騒がしいというのだろう。
「ん、だが、エレノアに頼まれたんじゃなく、セリナに頼まれたのか?」
フィーに問いかけると、彼女は棒状に切った人参を、白ウサギであるエリザベスに与えながら答えた。
「そう。めんどくさかったけど、セリナ怒ってたから」
「怒ってた?」
「うん。エレノアがまたなんかやったらしくて、罰としてセリナと一緒に書類整理しているから、わたしたちに代わりに行ってきてって」
「罰……」
思い当たる節があり返答に困っていると、華耶がニヤニヤとした笑みを浮かべながらエギルの顔を覗く。
「何を、誰と、コソコソとしていたのかしらね? エギルさん、何か私たちに隠していることない?」
華耶の「全て知っていますが?」といった視線と、フィーの「抜け駆けを承諾するなんてダメ」という視線に挟まれるエギル。
だが丁度いいタイミングで新しいお酒がきて、エギルは誤魔化した。
「まあ、そんなこといいじゃないか。ほら、乾杯しよう」
「誤魔化したわね」
「誤魔化した」
何か言いたげな二人だったが、エギルは気にせず乾杯をする。
「そういえば、サナとルナは今日もルサリナさんのところか?」
エギルが二人に聞くと、そろって悲し気に頷いた。
「ええ、今日も。エギルさんが話してくれたことで、あの子たちも話せているけど……」
「父親のことには触れてない」
「そうか」
ルサリナは、サナとルナの母親だ。ソフィアの助けもあり、ルージュ伝病は治ったものの、共に喜ぶべき父親はいない。
彼は逃げた。
サナとルナが頑張って母親を救おうとしたことは話したが、エギルもサナもルナも、父親であるゲイルのことは教えなかった。
今どこで何をしているのか、というよりも、生きているのかすらわからない。
彼についてサナとルナは触れない。それを察しているのかルサリアも触れようとはしない。
「エギルさんは、どうするの?」
お酒をテーブルに置いた華耶に聞かれた。
「どうするとは?」
「二人のことよ。二人の気持ちを、私たちだって全てわかっているわけじゃないけど、少なからずの疎外感はあるんじゃないかしら」
「そんなことは」
「わたしもそう思う」
フィーも、エリザベスに餌を与えながら口を開く。
エギル自身、サナとルナに疎外感を与えないようにしてきたつもりだ。
「俺はちゃんと、二人のことを大切に想っている。二人がそう言うのは、俺とサナとルナに、身体の関係が無いからか?」
二人との関係を進展させていないのは、サナとルナの事情を汲んでのことだ。だがエギルのその優しさが、サナとルナの想いを遠ざけているのかもしれない。
「二人は、あなたのことを男性として意識している。それが……」
「エギルさん!」
華耶の言葉の途中で勢いよく扉が開かれた。
呼吸を荒くさせたセリナの声に、笑い声が溢れる酒場は静かになった。
「どうしたんだ?」
「実は──」
「──久しぶりね」
セリナの後ろに立っていた橙色の髪の少女がエギルに声をかける。
「ソフィアか」
「あんたに頼みたいことがあるの」
彼女は、新たな物語の始まりを届けにきた。
その物語の向かう先を、エギルは知る由もなかった。
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