第31話
イスリファは一人、与えられた部屋にいた。
開いた窓からは涼しい風が流れるが、部屋の中に流れる熱気は消えない。イスリファはベッドに座り、来訪者に向けて首を傾げる。
「これは……?」
部屋にやってきた二人の女性はなぜか息を荒くさせていた。
朝食の後にエレノアから「お昼過ぎに部屋へ行きますね」と言われて待っていたが、何があるのかは聞いていない。
ただ昨日の今日であり、エギルとの一件が理由だということはわかる。
そして、エレノアから渡されたのは何かの書物だった。
「これは、フェゼーリスト大陸の女性なら必ず見なければいけない学術書です」
表紙には『屈強な騎士に抱かれた令嬢は何度もイカされる5』と記載されていた。
「こちらでは、こういうのを女性が読むべき学術書なのか……」
表紙に違和感があったが、イスリファはページを捲り目を通す。
そして言葉が止まった。
中に記されていたのは、男女の営みを事細かく再現されたモノであり、その内容は、イスリファがこれまでずっとしてきた妄想にかなり近い内容だった。
筋肉美を披露する男騎士が、衣服を脱がされた女性を抱きしめ、獣のように求める光景。
絵にして描かれた荒々しく互いの汗まみれの体を重ねる姿や、ベッドに染みを作るほどの量の汗や愛液や精液まで、完璧なまでの再現度だった。
それが学術書ではないことは明らかだったが、イスリファは目を離せないほどにその書物の中の世界に引き込まれていた。
「これは、なんだ……?」
「学術書です」
はっきりと答えるエレノア。
彼女はそれしか言わない、駄目だ。そう思いセリナを見ると、呆れたように大きくため息をついた。
「ほら、やっぱりイスリファさんが困っているじゃないの」
困ってはいないが動揺はしている。
そう言い返そうとしたイスリファに、セリナは新しい書物を手渡してニコリと笑った。
「こっちのほうが好きなのよね?」
手渡された書物の表紙には『私を求める彼の香りに抗えるわけがない2』と記されていた。
不穏な気配を感じたイスリファが、セリナに視線を向けると、
「でしょ?」
と、謎な共感を求められた。
ページを捲ると、そこには先程の書物のような男女の営みが記されており、女性が〇棒を咥えながら、嬉しそうに鼻をピクピクさせている絵まで描かれていた。
「なっ……!?」
顔を赤く染めるイスリファの反応が嬉しかったのか、セリナは横に座り、うんうんと頷く。
「イスリファさんも匂いフェチだとは知らなかったよ」
どうしてそういうことになっているのかわからなかったが、
「ねえ、その絵の部分の匂い嗅いでみて?」
そう言われ、イスリファは言われた通り匂いを嗅いでみた。
「どう、二人の激しく求め合った、頭がクラクラするような匂いがするでしょ?」
「……いや、紙の匂いしかしないんだが」
紙独特の匂いしかしない。
すると、セリナは首を傾げ、
「あれ、おかしいな。ちょっと貸してみて」
セリナに書物を渡すと、匂いを嗅ぎ、うんと頷いた。
「やっぱりするわよ? 鼻詰まってる?」
「え……」
何を言っているのかわからなかった。
というより、彼女ってこんな人だったか? という疑問が生まれる。
「妄想で感じとる匂いなんて、セリナにしかわからないですし、気づかないに決まっているではないですか」
すると、エレノアに別の書物を渡された。
ページを捲るとやはり男女の営みで、先程のよりも若干ではあるが濃厚になっていた。
「妄想じゃないわよ。エギルさんの匂いするもん!」
「へえ、凄いですね」
「ちょっと、適当に流さないでよ!」
二人の言い合いに入れないイスリファは、渡された書物に目を通す。二人の言っていることはよくわからないが、この書物に書かれていたことは魅力的だった。
今まで妄想だった世界が、はっきりとした、まるで現実世界で目にしているようだった。
「イスリファさん……?」
エレノアに声をかけられても耳に届かないほど集中していたイスリファ。
それを見て声をかけようとしたエレノアの肩に手を置くセリナ。何かを悟ったような表情を浮かべた彼女はゆっくりと首を左右に振り、二人は少し離れ、小さな声で会話を続けた。
「ところで、なんで急に見せる流れになったわけ?」
「それは今朝みなさんにお話したではないですか。露天風呂でエギル様といろいろあったと」
「まあ、それは聞いたけど」
「イスリファさんもこれを見たがると思ったのですよ。それに知識はあってもこうして流れを学ばなくては、いざというときに上手くできないじゃないですか」
「いや、まあ……」
「わたくしやセリナ、それにフィーさんや華耶さんだって、リオネ先生の作品にはこれまでたくさん救われてきました。それを共有すべきなのです」
「学んでいつかは……エギルさんとイスリファさんがってこと?」
「お二人が望むのであれば」
「まあ、エギルさんもイスリファさんも望んでいるなら……でも、こうする目的ってそれだけじゃないわよね?」
「……なんのことです?」
「二人の間で色々あって、悶々したエギルさんに激しく迫られたい……とかいう、邪な策略とかない?」
「……なんのことだかさっぱり」
「はあ、やっぱり。そうだろうと思った」
「でも、セリナにも得はあるのですよ?」
「どう得があると?」
「悶々としたエギル様に激しく求められる。それは場所を選ばず……そうなったエギル様が激しいのを、セリナだって知っているではないですか」
「まあ、うん」
「前だって、忙しくてずっと我慢していたエギルさんに抱かれたとき、気絶するぐらい良かったと言っていましたよね?」
「あ、あれは……だって、エギルさんの匂いが濃くて、頭がクラクラしたんだもん」
「そうです。これは色々な意味の仲間を増やすことや、わたくしたちが望むセックスをしてもらうために必要な──いわば、最高級のディナーを味わう前の下準備というものなんです」
「たしかに、言われてみればそうよね」
「ですが、この作戦には弊害があるんです」
「弊害?」
「はい。それは、フィーさんと華耶さんの妨害です」
「ん、なんであの二人?」
「あの二人は、隙を見つけてはエギル様の溜まった性欲を狙っています。わたくしたちが最高の下準備をしても、お二人はつまみ食いをするのです。悪魔です!」
「じゃあ、二人にもこうして部屋に来ること話せばいいじゃない。なんで隠したの?」
「それはダメです。いいですか、これ以上の人数を増やせば絶対に仲間割れが発生します。それにあの二人なら、エギル様にこの作戦を告げ口するかもしれません。そうなればどうなるか、わかりますよね?」
「……エギルさんに、罰としてお預けされる」
「そうです。これまでもあの二人は隙あらばエギル様に密告して、わたくしたちをお預け状態にしてきました」
「いや、いつも抜け駆けするのも、罰としてお預け状態にされているのもあんただけだけど。というより、ついさっきもあんた抜け駆けしようとしてなかった?」
「それはそれです」
「はあ……」
「なのでお二人には内緒です。わたくし、SMプレイは好きですが、お預けは嫌いなのです。だからいいですね?」
「仕方ない。その作戦の片棒……担いであげようじゃない」
「セリナなら、わかってくれると思っていました」
「ふっ、私とエレノアの仲じゃない」
熱い握手を交わす二人のやり取りは、熟読するイスリファには聞こえなかった。
「イスリファさん」
トントンとエレノアに肩を叩かれたイスリファはビクンと全身を震わせ振り返る。
「す、すまない……見入ってしまっていて」
「いえ。それで、喜んでいただけましたか?」
「あ、ああ……こんな書物を読んだのは初めてだ。これをみんな持っているのか?」
「みんなではないですが」
「少なからず私やエレノア、それに華耶とフィー、サナとルナも持っているわね」
「そうなのか。だがこれを持っていたら、周りから変な目で見られないか?」
目を通してこれは学術書でもなんでもなく、娯楽──それも性を表現した一般向けではない書物だとわかった。それも、二人が見せてくれた書物はそれぞれ異なり、主に性癖が違い、二人の相手に求めるものがはっきりと理解できるものだった。
これまで自慰行為で性欲を発散させていたイスリファだって、それを他人に知られることも、ましてや自分の性癖を公言したこともなかった。だから不思議だ。他人から見たら気味悪がられるモノを二人が見せてくれたことを。
「信頼していない方には見せたりしませんから」
イスリファの不安を払拭するように、エレノアは笑みを浮かべながらはっきりと言った。
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