第41話 エピローグ1
この世界には、大きく分けて四つの大陸が存在する。
冒険者と魔物の対立が印象的なフェゼーリスト大陸。
四つの領土に分けられ人同士の争いが続くシュピュリール大陸。
昼夜問わず気温が高く、神教団の者が大半を占めるエズリア大陸。
そして、大陸全体が謎に包まれた──アルヴィス大陸。
世界の常識として大陸間の渡航や移動は禁止されているが、フェゼーリスト大陸やシュピュリール大陸では暗黙の了解であって、大陸間の行き来は黙認されている節があった。
それはもちろん、海岸を警備している人数の少なさも理由の一つだろう。
その二大陸よりも大陸間の移動が厳しいといわれているエズリア大陸の情報は、他大陸へ届くことは少ない。
各大陸に住む者はお互いの大陸に、知りもせず想像や偏見で大陸のイメージをつける。
エズリア大陸を暑い場所としか知らない者も多い。どんな人が暮らし、どんな文化があるのかも、はっきりと知っている者は多くはない。
そして、イメージすらつけることが難しい大陸、それが──アルヴィス大陸だった。
その理由の一つが、他大陸への移動を全住民に厳しく禁止しているからだった。
生まれてから死ぬまで一切の他大陸の情報を知ることがなかった者も多く、他大陸の情報を記した書物は、とある勢力によって見つかれば断罪される。
アルヴィス大陸はこの世界に一つしかない、いうなれば大陸自体が一つの世界なのだ。
そんなアルヴィス大陸の一角にある屋敷にて。
その広々とした部屋には小鳥の囀りすら聞こえない。
そこで男は、椅子に座り難しい顔を浮かべていた。
「お前にしては随分と珍しく難しい顔をしているな、シルバ?」
部屋を訪れた女性は壁に背をつけながら、シルバへ声をかけた。
窓の外から差し込む夕日よりも鮮やかな赤髪を後ろで縛り、肌を露出させた大胆な服装。整った顔つきの彼女は、普段からふざけた雰囲気を出していた彼の違いを、小馬鹿にするような笑みを浮かべていた。
「リノか。どうした、俺っちの真剣な顔に見惚れたか?」
リノの言葉を流すように、いつも通りのふざけた言葉を抜かすシルバは、目を通していた書類をテーブルの上に置いた。
「お前の胡散臭い顔に見惚れるわけねぇだろ。それより、何を見てたんだよ?」
「まっ、大したことじゃねえよ。世界情勢ってやつ?」
ヴォルツ王国に手を貸したエギルの知人二人は、お互いに短いつき合いではない。リノにはこれが、大したことではないとすぐに理解できた。
「世界情勢なぁ……他大陸の情報を記述した資料を持っていると、また連中にウダウダ言われんぞ」
「はいはい、後でちゃんと隠しとくって」
「揉め事はごめんだからな。フェゼーリスト大陸に行ったことを隠すのだって大変だったんだぞ。んで、何があった?」
近くの椅子に腰掛けたリノ。
その表情は真剣で、シルバは大きくため息をついて答えた。
「まっ、エズリア大陸の褐色姫様についてだよ」
「褐色姫? ああ、前にリオネが拷問して聞き出した名前の名称か」
褐色姫、本当の名はイスリファ・オルス・アーネストリー。エズリア大陸に暮らす、神教団を束ねる女性だ。
「いまさらその女がどうした。まさか、やっぱり会っておけば良かったとか言うんじゃねぇだろうな?」
イスリファの名前と所在を聞き出したとき、リノとリオネは、シルバへ報告した。だが彼は「会いに行く必要はない」とはっきりと断言した。
求めていた新たな情報を得るために神教団を捕らえ、拷問までしたのだが、その情報源であるイスリファにシルバは無関心だった。
「別にそういう意味じゃねえっての。それに、そいつは俺っちたちが探している件とは無関係だしな」
「関係なかったのか?」
「ああ、残念ながらな。ヴォルツ王国とも無関係。ただ名前だけ借りられたんだろうさ」
「あの連れ帰った野郎、適当な嘘をつきやがって……」
「いや、そいつは嘘をついてねえだろ。おそらく、そいつに情報を流した奴が、嘘をついていたんだろうな」
「じゃあ、その嘘の情報を流した奴を聞き出せば──」
「──あの、残念ながらそれはもう無理ですわ」
二人の会話を割って入ってきた女性は、どこか悲しそうな表情を浮かべ、気怠そうな猫背のままこちらへと歩いてくる。
普段は明るく綺麗なエメラルドグリーンの巻き髪は赤黒く染まっており、着ていたドレスにも、大量の血が付着していた。
体調不良ともとれる彼女の姿を見て、シルバはリノに視線を向け「ほらな」と言いたげな表情をした。
「まさか、テメェ……」
「退屈ですわ。残念ですわ。あんなにも簡単に逝ってしまわれるなんて」
はあ、と大きく息を吐いたリオネは、椅子に座ることなくシルバに視線を向ける。
「情報源は消えてしまいました、残念です」
「やりすぎだ、そろそろ加減を覚えろ」
「難しい忠告をどうも。まあ、あの小物が何か知っているとは思えませんが」
椅子に座らないのは、血塗られた衣服を着ているリオネなりの気遣いなのだろう。とはいえ、真横で立たれるのも気味が悪いので、
「わかったから、さっさと着替えてこい。血生臭いんだよ、お前」
リオネを部屋から退出させようとした。
「あら、何か新しい楽しみがあっての話し合いではないのですか?」
「いいや、ただの談笑だ。笑えんがな」
「なんだ、つまらないですの……」
部屋を出ようと踵を返すリオネ。
大好きな拷問相手を失い、悲しんでいるのだろう。サイコパス脳の彼女らしいわかりやすい態度を見て、シルバは声をかける。
「まっ、そんな気を落とすなよ。新しいオモチャが手に入るかもしれんぞ?」
その言葉を聞いて、リオネはピタリと足を止めた。
「どういう、ことですの……?」
「簡単なことだ。近々、血生臭い争いが始まるかもしれん」
「それは、本当ですの……?」
「ああ、たぶんな。それについて説明するから、お前はさっさと身体を洗って着替えてこい」
面倒くさそうにリオネに伝えると、彼女の肩が大きく上がり、
「ふへ」
変な笑い声を発した。
「ふへ、ふへふへふへふへ」
猫背だった彼女は急に背筋良く、どこかの令嬢のような立ち方と明るい笑顔で振り返った。
「もう、どうして早くそれを教えてくださらなかったんです? ああ、それならあんなにゆっくり殺さなくても良かったではないですか。もう、シルバは意地悪ですねぇ」
堂々とした歩き方で去っていくリオネは「ああ、オモチャオモチャオモチャ! 今度は簡単に壊れないオモチャ!」と、美人な容姿とは正反対な独り言を吐き出しながら消えて行った。
「ほんと、アイツの頭の中を一度ゆっくり見てみてぇよ。絶対に人殺しと拷問のことしかねぇぞ」
ため息混じりのリノの言葉に、シルバは「あと、あの変態な趣味全開の書物な」とつけ足した。
「あのバカのことはいい。んで、さっきの話は確かなのかよ?」
「ああ、確かだ。きっと前回の、エギルんとこの争いよりも大きなやつな」
「はあ、そうかよ。それで、その争いはこの大陸でか? それとも、別大陸でのことか?」
その問いに、シルバは笑いながら答えた。
「おそらく、どっちもだ」
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