第22話 なるほど





 それからすぐに本選が始まった。


 赤土にタイル状の石材が四角く並べられた会場。

 前日のような戦闘場を囲うように流れる水の川はなく、これぞ闘技場といった雰囲気がある。


 大勢の参加者が脱落し、知り合いが出場しなくなって観客はどっと減るかとも思われたがそんなことはなく観客席は大勢の観客で埋まっていた。


 観客たちが興奮するような熱い戦いを──。


 という展開はあまりならず、エギルは一回戦、二回戦共に難なく突破した。




「シンシアの言った通りだな」




 控室に戻ったエギルは次の対戦まで待つことに。

 一回戦と二回戦の相手はシンシアの言ったようにならず者といった荒々しいタイプの相手だった。


 人を殺すために磨いた腕。

 少し相対しただけでそれが伝わってきた。

 そんな相手に後れをとることはなく、持っていた武器を無力化すると彼らはあっという間に降参した。

 盛り上がりもなく呆気なく終わったが、一瞬の戦いが観客には好評だったらしく、試合終了と共に多くの拍手が沸き上がった。




「……変なところはなかったな」




 朝から警戒し続けて少し疲れた。

 それなのに対戦相手にも、観客席にも、おかしなところはなかった。

 国王と王妃、それにエレノアたちにも変わったところはなさそうだった。


 このまま何も無く終わるのか……?


 そう思ったエギルの耳に大歓声が届く。

 どうやらトーナメント表のエギルとは逆側の山の試合──準決勝が終わったようだ。

 つまりエギルが決勝戦に進出した場合に戦う相手が決まったということ。


 そしてその相手は控室に戻ってくると、汗一つ流さない涼し気な表情でエギルを見る。




「決勝進出おめでとう、シンシア」

「ああ、ありがとう」




 ふふっ、とさも当然のように微笑む彼女。




「もう少し喜んだらどうだ?」

「喜んでいるさ。ただまあ、正直なところを言えばもう少し歯応えがあってほしかった」




 シンシアは横目で見つめる。

 それは準決勝の相手。

 屈強な筋肉の持ち主はシンシアの余裕の表情を見て肩をビクンと反応させると、小走りに控室を出て行ってしまった。


 どんな戦いが行われていたのか。

 少し気になったが、それを聞く時間はないらしい。エギルの番がやってきた。




「エギル、楽しみにしているぞ」

「ああ」




 準決勝の戦いを、というわけではなく、決勝戦で戦えることをということだろう。

 エギルは返事をすると控室を後に。

 会場へと向かう途中、対戦相手であろう男の後ろ姿を見た。

 先程のシンシアの対戦相手とは正反対なほど細身で背丈の低い男。

 160あるかどうかという男は全身を灰色のローブで覆い、目深にフードを被っていた。


 正面から戦うよりも足音を立てず標的の背後へ忍び寄り暗殺する。

 そういった戦いを好むタイプだろう。確認できるだけで武器らしい武器はなく、おそらくはフードの中に短剣か何か小さな武器を隠しているのだろう。

 殺気は感じられず、やる気があるのか心配になるほどに、少し前を歩く彼は寝ているように静かだった。


 この相手なら簡単に。

 そう思うのと同じぐらい、嫌な予感がする。

 それはエギルが警戒していることを抜きにして、これまでの冒険者で得た経験からくる勘だ。


 そして会場へ。

 エギルとフードの男が登場すると歓声が上がる。


 国王や王妃と共に見ているエレノアたちにも変わった様子はない。

 ただ、エギルはエレノアとセリナをジッと見つめる。

 言葉は届かないが、この試合中は十分に警戒するように目で訴える。

 二人は察してくれたのか、小さく頷く。




「ふう……」




 ゆっくり息を吐いた。

 剣を鞘から抜き、両手で握る。

 相対するフードの男は武器を構えることはなく、ジッと、エギルを睨みつけていた。

 そこで初めて彼の顔を見た。


 まだ十代といった年齢の少年。

 幼い顔付きだが、その立ち姿は堂々としていて緊張している様子はない。

 一回戦と二回戦で戦った賞金目当ての山賊やならず者とは違った雰囲気を持つ少年。


 ジッとこちらを見つめたまま、試合開始のカウントダウンが始まった。


 カウントダウンの数字が減っていくと、自然と剣を握る手に力が入る。

 だが少年は未だに武器を手に取る様子はなく、ローブの中にしまった両手が脱力したままなのが伺えた。

 不自然な相手と戦うとき、職業の力があれば無限剣舞で牽制する場面だが、今はそうもできない。


 カウントダウンは終わり、試合開始の鐘が鳴る。


 だがエギルも、フードの少年も動かない。

 観客席から響く歓声が徐々に疑問の声に変わる。


 ──このまま睨み合っていても仕方ない。


 エギルはフードの少年の両手と視線だけを警戒しながら走り出す。

 重い鎧が音を鳴らし、一歩、また一歩とフードの少年へと近付く。


 このまま握った剣を振り抜けば──そう思った瞬間だった。




「──ふッ!」




 フードの少年は一歩飛び退き、小さく息を吐くと両手に持った短剣をエギルに向かって投げる。


 いや、短剣じゃない。これは、




「ナイフか!?」




 料理のときに使うナイフだった。

 銀色の細いナイフが四本、エギルに向かって直線上に飛んでくる。

 銃弾のように早く、矢のように鋭い。

 けれどそれは銃弾でも矢でもなく、ただの料理用のナイフだ。

 どんなに早くても避けられる。なんなら当たっても鎧が防いでくれる。


 なんの危険もない、はずだった。




「なにっ!?」




 避けた四本のナイフはエギルの後方で音を鳴らし地面に落ちるはずだった。

 だが音は鳴らず、なぜか背後からエギルを真っ直ぐに襲う。

 絶対にありえない挙動を描いたナイフの動き。

 ナイフはエギルの前方と後方から独りでに飛び回り襲ってくる。そして頭が理解する前にフードの少年は笑みを浮かべ、まだ隠し持っていたナイフをエギルに向かって投げる。




「はあッ!」




 飛び回るナイフを叩き落そうと剣を振るう。

 一度は叩き落したナイフだったが、小刻みに揺れ、まるで糸か何かで操られているかのように浮きあがる。




「なるほど、そういうことか」




 何とか状況を理解するまでに数秒ほどかかったが、ようやく理解できた。


 これはBランク相当の冒険者の職業──曲芸師の力だ。

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