第6話
朝目を覚ますと、エギルは隣で横になっているエレノアの金色に輝く髪を抱いていた。
少し右腕に痺れが表れて思うように動かないでいると、既に起きていたエレノアと目が合った。
彼女は全裸にシーツを被って、エギルの胸元に顔をうずめる。
「おはようございます。エギル様」
昨夜、二人は何度も愛し合った。
まるでお互いのことを知りたいと願うように、全てを晒して激しく求め合った。
それでもまだ、エギルはこの光景を直視するのが少しばかり照れ臭かった。
「ああ、おはよう。もう起きてたのか」
「はい。朝食を作ろうかと思ったのですが、勝手なことはしないほうがいいかなとも思って、結局は、このままエギル様の寝顔を見ていたのです」
「悪い趣味だな……」
とはいえ、その言葉に嬉しく思ったのは間違いない。
エレノアを抱きしめている右手を解放して、ベッドから立ち上がる。
「今日は用事があるから少し外に出る。帰るのは昼過ぎかな」
「浮気、ですか?」
むくっと上半身を起こして、両腕で胸を寄せて両脚の間に手を置くエレノアは、少しだけムスッとしながらそう言ったので、エギルはため息をついて答える。
「あれだけしたんだから、もう勃たないぞ?」
「あら、でもさっきまではビンビンでしたよ?」
「それは……寝てたからだろ?」
「ふふっ、では浮気できますね」
「それなら、もう一度するか?」
そう聞くと、エレノアは嬉しそうにほほ笑んだ。
「それは嬉しい提案ですね」
「まっ、帰ってからな」
エギルがそう言うと、エレノアは頬を膨らませてみせた。
「これから、エレノアの復讐の準備をするんだよ」
「そう、でしたか。それは失礼しました」
ちょこんと頭を下げるエレノア。
昨夜、身体を重ねたことで互いの距離は縮んだ。
そのことをエギルは喜んだ。普通の恋人関係でいれたらどれほど良かったか。だがエギルは聞いてしまった、彼女が寝言で「やめて」「助けて」と漏らしたのを。そして瞳からは涙が流れていた。
エレノアの傷は深い。それを払拭してやりたい。エギルはそう思った。
「だからエレノアは、ここで待っていてくれ」
「わかりました。それでは、昼食を作ってお待ちしてましょうか?」
「ああ、それは助かるな。だけど食材が……」
エギルは着替えながら苦い顔をした。
あまり家で料理しないため、そこまで食材を買い込んではいない。だから作ると言われても、難しいと思った。
「でしたら、わたくしが食材を買ってきますよ」
「……出歩いて大丈夫か?」
出先で誰かに襲われたら――そう思ったが、彼女はにっこりとほほ笑む。
「わたくしも冒険者ですから、自分の身は自分で守りますよ」
その言葉を聞いて、エギルは彼女の頭を撫でた。
「そうか。だけど首元は隠していけよ?」
「なぜでしょうか?」
「世間の奴隷を見る目は厳しいんだよ。変な視線とか受けたくないだろ?」
「それもそうですね。では首元の奴隷具が隠れるように、何か対策をしてから買い物に向かいますね」
その言葉を受けて、エギルはいつも通りの服装に着替えて玄関へと向かった。
「それじゃ、行ってくる。くれぐれも気をつけてな」
「はい。エギル様もお気をつけて……では」
肩に手を置き、軽く唇にキスをされた。
「いってらっしゃいませ」
まるで新婚のようだと、エギルは少し照れ臭かった。
◆
「おい、ゲッセンドルフ」
「えっ、エギル様?」
冒険者がクエストに出る前に軽い食事をするお店にエギルが到着すると、クエストに向かおうとしていたゲッセンドルフに声をかけた。
ゲッセンドルフという男を表すなら『胡散臭い小物臭のする冒険者』だ。
背も小さくて、所々歯がない。他の冒険者からは怪しい冒険者として名前が知れ渡っている。
「すぐクエストに向かうか?」
「いえ、少し食事をしようと仲間と話しておりましたところですよ。それより、どうかなされたのですか?」
「ああ、お前にちょっと頼みがあってな」
「頼み、ですか。それはクエストとは別の仕事の依頼でございますか?」
エギルが首を縦に振ると、ゲッセンドルフは周りにいた仲間に離れるように指示をする。
二人は丸いテーブルを囲い、他の冒険者たちの雑音が入り混じる店内の椅子に座った。
「それで、仕事の依頼とはどのようなことでしょうか?」
ゲッセンドルフは汚い仕事でも金を払えば受けてくれる。その客は王城で暮らす貴族から、貧民街の落ちぶれた者までいて、様々な者と交流があってかなりの情報通だ。
だからゲッセンドルフは、Cランク冒険者というよりも、情報屋として稼いでいる額の方が多いだろう。
そんな彼に、エギルは小さな声で伝える。
「実は、三人の冒険者の現在の居場所を捜してほしいんだ」
「三人の冒険者ですか?」
「ああ、名前はクルド、モルドレット、ムスリナの三人だ。最初の二人は男で、最後の一人は女だ」
これらの名前は、エレノアとギルドを組んでいた幼馴染の名だ。
そしてゲッセンドルフは、真剣な表情をする。
「……その者たちのランクをお聞きしてもよろしいですか?」
「ランクはお前と同じで全員がCランクだな」
「C、ですか……」
ゲッセンドルフは適当に伸ばされたアゴの髭を撫でながら難しい表情をした。
「少し時間がかかるかもしれませんが、それでもよろしいですか?」
「……何か問題か?」
「ええ、わたしの情報網はランクの高い冒険者しか入っておりませんので。……その、同じCランクの者は眼中にないのですよ」
「仲良くなっても利益にならないからか?」
「そのとおりでございます。それに居場所が分からないということは世界中から捜さなくてはいけないということですよね? 他の三つの大陸にいるというのは考えられませんが、なかなか難しいので……そうですね、最低で一週間はお待ちいただけますでしょうか?」
「意外と早いな、それで構わない。それと、男と女を扱う奴隷商人も一緒に紹介してくれると助かる」
その言葉を受けて、ゲッセンドルフは眉をピクリと反応させた。
「……なるほど。一つ聞いてもよろしいですか?」
「なんだ?」
「この依頼は、先日エギル様がご購入した奴隷と何か関係はございますでしょうか?」
「ああ、あいつの頼みだ」
すると、ふう、とゲッセンドルフは少し困った表情でため息をついた。
「……奴隷は奴隷。あまり信用しないほうがよろしいですよ。今も家で待たせているのですよね?」
「まあな」
「エギル様に戦闘で敵うものはこの世界に数名いるかどうか、なので殺されるということはないかと思いますが……」
「何が言いたい?」
「エギル様が超の付くほどのお人好しでお優しい方なのは、数年間も共にしてきたのでよくわかっております。だからこそ、女にはお気をつけください。また……好意を抱いていた奴隷に裏切られたくはないですよね?」
その言葉に、今度はエギルが眉を反応させた。
「──お前、それを誰から聞いた?」
殺気を発してエギルは睨むが、ゲッセンドルフは慌てる様子もなく返答する。
「わたしの尊敬するエギル様の昔話を、ちらっと風の噂で聞いたものでしてね……」
「そうか。まあ、どうやって調べたかは聞かないでおく。だが、昔のことを知っていてよく、お前は俺を奴隷オークションに連れていったな?」
「この噂が本当かどうか、それを確かめる為でございます。そして奴隷を買われたので噂は偽りだと思いました──が、どうやらその反応、この噂は本当のようですね。であればなぜ過去に傷を負ったのに、あの奴隷をご購入したのですか?」
何故か、エギルには答えが出ていた。
「一目惚れだな。簡単な話しだが、それ以外の理由はない」
「……もし、また裏切られたら?」
「その時は仕方ない。疑って生きるよりも、信じて裏切られた方が男らしいだろ。それに、俺は愛した女を心の底から信頼できない方が辛い」
愛した女性に二度も裏切られたら悲しい。だが疑って共にいるよりも、エレノアを心の底から信じて生きたかった。
そして返答を聞いたゲッセンドルフは、軽くため息をついた。
「まさか、男冒険者たちの憧れであったエギル様から、一目惚れなどという言葉を聞かされるとは思ってませんでしたよ」
「おかしいか?」
「少しだけ、ですが。奴隷に裏切られて命を狙われた経験があったのなら、わたしなら全ての奴隷を怨んで犯して捨てますよ」
「まあ、奴隷にも悪い奴ばかりじゃないってことかもな。エレノアだけかもしれんが」
「そうですね。では昔話も聞けたところで、このゲッセンドルフ、エギル様の依頼に全力を尽くさせてもらいましょう」
「ああ、何かわかったら報告してくれ」
「かしこまりました。では」
胸に手を当ててお辞儀をするゲッセンドルフは、そのまま何処かへ向かった。
ゲッセンドルフは『強い者に従うタイプ』の人間だ。だからエギルより強い者に『エギルの情報を売れ』と言われれば売るが、エギルより強い者が現れなければ、ゲッセンドルフは絶対に裏切らない、ズル賢い男だ。
「さて、この一週間どうするか。適当なクエストでもこなすか」
これから先、エレノアと冒険者として生きていくのであれば、彼女の実力を確認しておいたほうがいいだろう。
エギルはそう思い、エレノアの待つ我が家へ向け歩き始めた。
♦
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