第6話




『──わかった。エギルにも、南門で戦っている冒険者たちにも伝える』




 エレノアが考えた作戦を伝えた頃、夜空から雨が微かに降り出していた。

 希望の雨か、絶望の雨か、それはわからない。けれど、フィーも、セリナたち三人も、エレノアの作戦を聞いて乗ってくれた。




「わたくしたちも急いで戻りましょう。籠城戦の準備をします」




 フェニックスが四方の門へ向かって飛び立ったのを見て、エレノアたちは王城へと向かう。




「エギルさんが戻ってくるまで持ち堪える、絶対」

「やるしかないなら、やってやろう」

「わたしも、頑張ります」




 三人の表情には明るさこそないものの、決して諦めや絶望はなかった。


 ──そして、王城へと戻ってきたエレノアたちは、正面入り口を前にしたロビーで籠城戦の仕度を始めた。

 敵からの矢を防ぐ大きく分厚い板など、考えつく最善の準備を。帰還した冒険者たちのために、空腹を満たせる簡単な食事や救護の場も用意した。




「エレノアさん!」




 それから数分後、最初に王城に戻ってきたのはゲッセンドルフやハボリック、それにハルトたち北門を守っていた者たちだった。

 おそらく空を飛行して四方へ向かったフェニックスから話を聞くよりも、ゴルファス伝いで知らされた方が早かったのだろう。




「みなさん、ご無事で何よりです」

「ええ、なんとか。来る途中、北の三の門はフィーさんの指示で閉めてきました。他の門も。これで少しは時間を稼げるはずです」

「ありがとうございます」

「それより、聞きました。ここで籠城戦をすると」




 ゲッセンドルフが口にすると、他の冒険者たちは不安そうにエレノアを見つめる。

 この作戦で上手くいくのかどうか、それを心配しているのだろう。エレノアだって、籠城戦の準備をしつつもずっと心配だった。だけど不安が生まれるたびに大丈夫だと自分に言い聞かせた。

 全員の生死を分かつ決断をして、本当に自分の選択は正しかったのかという不安。

この作戦でみんなを守り、エギルに託された全てを守り抜くという自信。

 そんな両極端な気持ちが脳内を何度も去来する。

 少しずつ傷を負った冒険者たちが帰還すると、セリナとルナが軽い食事を渡し、サナが傷を癒やす。

 そんな状況の中、一階のロビーにいる彼らの目は不安そうに、二階にいるエレノアに向けられていた。

 彼らの視線を、エレノアは感じる。

 今ここには王城で暮らす冒険者全員がいるはずだが、誰一人欠けることなく無事で良かったと安堵する余裕はない。




「──来た!」




 二階の窓から南の三の門を監視していた冒険者の声が響く。




「敵ですッ! こっちに向かってますッ!」




 来るのが早い。エレノアの計算ではもう少し後に王城を攻めてくるはずだった。さらに攻めてくる人数も、予想よりも多い。




「……南門付近で見つからなかったのか、王城に目的のものがあると判断したのか」




 エレノアが小さく声を漏らす。

 どうする、どうすればいい? エギルが戻ってくるまで一時間かかる。フィーにそう言われてからどれくらいの時間が経った? 二十分くらい? あと四十分? ここで堪えられるのか?




「エレノアさん、真っ直ぐこっちに向かってきます!」




 周囲の空気が一気に緊張する。

 全員の視線がエレノアへ向くが、彼女の頭の中では未だに多くの言葉が飛び交っていた。


 迎撃しましょう。

 二階から侵入してきた者を狙って矢を放ってください。

 エギル様が戻ってくるまで全員で堪えましょう。


 敵が見えてから全員に伝えるはずだった。予想より早い襲来によって、その言葉が口から出てこない。頭が真っ白になってしまった。

 もしかしたら自分の一言で誰かが死んでしまうかもしれない。

 もしかしたら自分の決断でここにいる全員が殺されてしまうかもしれない。

 そう考えると声が出ない。これほどまでに、戦場で指揮を執るということは恐ろしいものなのだと、エレノアは初めて知った。




「まずは……」

「エレノアさん、連中がこっちに向かってきてます! 指示を!」




 不安から小さくなったエレノアの声が冒険者の声に掻き消される。

 ロビーで武器を構えている冒険者たちに緊張が走る。籠城戦だと、敵に四方を囲まれれば逃げ場がない。体力が底を尽けば一巻の終わりだ。

 しかし、そうしたのはエレノア。それが彼女の不安をより大きくする。




「エレノアさんッ!」




 ハボリックが大声を発する。いつものお気楽な笑顔とは違って、真剣な表情だった。




「ここにいる冒険者や自分たちは戦略なんて考えたことがありません! 今まで旦那の指示に従ってクエストを受け、旦那と一緒に戦って冒険者として成長してきた者たちっす! だから、だから……」




 何を言いたいのかハボリックは自分でも理解していないのだろう。けれど、エレノアの目を見て、はっきりと伝えた。




「あなたは今はここにいる誰よりも冷静にものを考え、指揮できる方です! 旦那の代わりでなく、今はここのリーダーっす! どんなに苦しい状況でも、自分たちはここを死守しますッ! だから、リーダーが俯かないでくださいッ! 思った通りに、考えた通りに、自信を持って指揮してください!」

「ハボリックさん……」




 ハボリックの言葉に、ゲッセンドルフが続く。




「そうですよ。エギル様がいない今、俺たちを指揮するのはあなたです! そんなあなたが俯いてどうするんですかッ!?」

「あなたは旦那にここを、俺たちの命を託されたはずっす。だったら俺たちの命を好きに使うっすよ! 命令するっすよ! それが、旦那があなたに託した、あなたにしかできないことっすから!」




 ゲッセンドルフとハボリックがエレノアにそう告げ、周りの冒険者たちが頷く。

 全員を鼓舞する言葉、皆が団結できる言葉、エレノアの指揮を全員が待っていた。

 奴隷ではなく、エギルの代わりでもなく、全員が認めた、この場のリーダーであるエレノアの言葉を。

 そして、セリナたち三人もエレノアの言葉を待っていた。




「私たちは戦う。このエギルさんが帰る家を、みんなの平和を守るために!」

「だからエレノアさん、あたしたちに指示を出して!」

「エレノアさんの言葉を、みんな、待ってます!」




 王城にいる全員の声を受けて、エレノアの中にあった不安や恐怖が一瞬にして消え去った。




「そう、ですね」




 エレノアはロビー全体に響き渡るほど大きな声で伝えた。




「エギル様は必ずこの地に戻ってきます。そして、みなさんの家を守ってくれます。だから──」




 エレノアはゆっくりと手を前に伸ばす。不安や恐怖に陥っていた場に、天使が舞い降りたように、みんなの心を明るく染めていく。




「戦いましょう。我々の王国を――我々の家と家族を守るために!」




 言葉の力なんて些細なものでしかない。誰もがそう思うだろう。けれど時として、ほんの些細な言葉が力になることもある。




「よし、迎撃だお前たち! 絶対にここを死守するぞ!」

『ウオオオオオオオッ!』




 王妃の声に、冒険者たちが奮起する。

 先程まで心の中にたちこめていた暗雲が一瞬にして晴れた。

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