第22話
──次の日の朝。
エレノアたち四人は、まだまだ人が住める状況ではない住民区の清掃に精を出していた。
「えほっ、えほっ。埃っぽいですね」
「大丈夫、エレノア? あまり埃を吸わないようにね」
「ええ、大丈夫です」
「何年も人が暮らしてなかったからね。あーあ、魔物が掃除してくれれば良かったのに」
セリナは口元を布で覆いながら、あちこちに溜まった埃を払う。
サナとルナは、散らばった家具を物色していた。
机や椅子の細部を確認して唸るサナと、小さな小物を手に取って唸るルナ。二人はすぐに使える物、修理すれば使える物、捨てるしかない物にそれぞれ選別する。
「んー、これも駄目。ああ、これも駄目かー、くそー」
「サナ、こっちも駄目、かな」
「駄目っぽいね。この家は全部新しくするしかないかなー」
「うん、住むには家具がないと、だめ、だからね」
二人の話を聞いて、エレノアとセリナは揃ってため息をつく。
この住民区には魔物によって破壊された家が多いが、埃を取り除けば人が住めそうな家が少しだけならある。
だがその家の中も、荒れきったままだった。
この家を住める状態まで戻す作業には、エレノアら四人とは別に、数名の冒険者が手を貸してくれているが、圧倒的に人手が足りていない。
ハボリックは街や近隣の王国などに出向いて、クエスト受注所に届いたクエストを分けて貰えないか交渉していて、ゲッセンドルフは各地の街や王国に向かって、この無名の王国に出向いて商売をしてくれる商人を捜しに行ってくれている。
二人の最優先事項は、この無名の王国を建て直すよりも、冒険者の人数が増えるようにクエストを捜し、行商人が稼ぎ場としてこの地へ足を運んでくれるようにすることだ。
「やっぱり、少ない人数では厳しいですね……」
現在この無名の王国で暮らしているのは、四人とハボリックとゲッセンドルフ、それと、眠ったままのサナとルナの母親と数百名の冒険者たち。
エギルは《ゴレイアス砦侵攻戦》攻略後、サナとルナの母親を故郷から連れてきた。
二人の母親は病気によって眠り続けている。今は治す方法を探しながら、この城の一室で寝かせている。
数百名の冒険者の中には、《ゴレイアス砦侵攻戦》のクエストで共に戦ったハルト・スアレスもいる。彼は元ギルドメンバーである仲間の遺品──聖力石をエギルから受け取ると、涙ながらにお礼を伝え、逃げたことを何度も何度も謝った。
それに関してエギルは勿論、他の者も咎めることはなかった。
皆、彼が逃げた理由を理解し、彼の苦しみを受け止めたからだ。その対応が嬉しかったのか、それからというもの、ハルトはこの無名の王国に献身的に働いてくれている。
だが彼も、この無名の王国の住民区を綺麗にするよりも、この無名の王国を招かれざる客から守ることに尽力している。
そして四人の耳には、何かが爆発するような音が響いた。
「また、ですか……」
「ほんと、しつこいわね」
家の中まで響く爆発音に、四人はため息をつく。
クエスト《ゴレイアス砦侵攻戦》を攻略してからというもの、元々魔物の巣窟だったこの地を奪い返そうと、魔物たちは休まず、毎日のように押し寄せていた。
さらに《ゴレイアス砦侵攻戦》のクエストは未だに依頼が続いているという。
「冒険者さんたちが頑張ってくれてますから大丈夫ですよ」
ハボリックとゲッセンドルフが、王国を守ってくれるようクエスト受注所に依頼してくれたおかげで、ここで暮らさなくとも、この地を少ない報酬で昼夜交代で守ってくれている冒険者たちが沢山来てくれた。
そうできたのも、これまでのエギルの冒険者としての活躍や、人望あってのことだろう。
だがセリナは少しだけ心配そうにしながら、窓の外を眺めていた。
「でもさ、今回の人は大丈夫なのかな? ハボリックさんとゲッセンドルフさんの紹介した人だから強い人だと思うんだけど……」
「城壁の上で空眺めてサボってたりして……?」
「サ、サナ! 力を貸してくれる人に、そんなこと思ったら、だめっ」
「いや、だってさ……ねぇ、エレノアさんは心配じゃない?」
テーブルに手を付きエレノアを見るサナ。エレノアはにっこりと微笑みながら答えた。
「いえ、わたくしは心配してないですね」
はっきり答えると、三人は「ふーん」と相槌を打った。
あれから、エレノアはシルバの正体を他の三人に教えていない。それは、三人に無駄に気を使わせたりするのは嫌だったからだ。だから、エギルが帰ってきてからでも話そうと考えていた。
最初の爆発音が轟いてから少し時間が経ち、遠くで聞こえていた騒音はいつの間にかピタリと止んでいた。
「静か、ですね……」
「確かにそうね。いつもならまだ騒がしいのに」
エレノアとセリナが窓の外を見ながら話していると、
「おーい、嬢ちゃんたちー、侵入者は追い返しておいたぜ?」
突然、家にやってきたシルバは、ニヤリとした笑みを四人に向ける。
それに反応したセリナは目を丸くさせた。
「えっ、でも……まだ戦いが始まって少ししか経ってませんよね?」
爆発音が聞こえてから、まだ数十分しか経っていない。
いつもなら日が沈む頃にようやく終わるといったところを、この短い時間で終わったというのはいくらなんでも早過ぎる。
エレノアもこれには驚きだった。しかしシルバは、なぜ驚いてるんだ? と言わんばかりの表情をしながら、壁に背中を付ける。
「ここに攻めてきた魔物が弱っちいからよ。あんなん秒だっての」
「秒って……あなたって、そんなに強いんですか」
「おいおい、セリナちゃん、俺っちのこと信用してないわけ? オジサン悲しいわー」
「あ、あの、そういうわけでは……じゃあ、他の雇った人たちは?」
「ん、あいつらなら暇そうな顔して空を眺めてたぜ? 楽な仕事だーとかなんとか呟いてな」
高笑いするシルバに、四人はため息をついた。
「楽な仕事ではなく、あなたが強いだけではないですか」
ボソッとエレノアは呟くと、大きな音を鳴らすように手を叩く。
「では、少し早いですがお昼ご飯にでもしましょうか」
「お、昼飯か!? ひゃっほーい! オジサンもう腹ペコペコよ」
嬉しそうにするシルバ。そのまま家を出ようと背を向けたが、何かを思い出したかのように振り返り、エレノアに質問する。
「ああ、そうそう。てかよ、ここってちゃんと王国として手続きしてんの?」
「王国としては、まだですね……エギル様の考えでは、人を増やしてから公表するとのことなので」
「人がいなくても王国って普通は公言するだろ。てか、ここがクエストの目的地になってるって聞いたぞ。大丈夫なのか、それ?」
「実は──」
エレノアは、この地をどうするか、エギルの考えを説明した。
この無名の王国は、公にはまだゴレイアス砦という名のままで、おそらくは、誰もがそう思っているだろう。だが冒険者が作った王国というのは、最初はそういった魔物の巣窟だった場所から生まれることがほとんどだ。
だが、王国として成り立たせるにも条件がある。
その一つは他の王国から大陸中に建国について発信してもらうこと。けれどこれには条件があり、王となる者がSランク冒険者という地位を確立しているか、あるいはその者が王国を建てる土地を所有しているかだ。
エギルは前者だった。それでもまだ王国と名乗れるほどの体裁が整っていなかったので、大陸中にはまだ公言していない。
もし建国が難しいのであれば、フェリスティナ王国に属した国にしてもらえるよう申し立てをする、という考えもあった。けれど、エギルはしなかった。その理由は、フェリスティナ王国がこの場所を手にしようとしていたのが、アロへインという、使用者の心身を蝕む麻薬を栽培する目的があったからだ。
アロヘインはもともと、ジメジメした湿度を好むらしいのだが、エギルの読んだ資料によると、ゴレイアス砦では、ある一定の期間、突然高温多湿になる時期があるらしく、この謎の熱源がアロへインの栽培に適しているのだという。
ここをフェリスティナ王国に渡せば、栽培や売買が禁止されているアロへインが世界中に横行し、被害はこの大陸に留まらない可能性もある。
大陸しいては世界を救うため、といった大それた理由はないが、エギルはフェリスティナ王国に属そうとはしなかった。
「──というわけで、エギル様は大陸中に公言はしていないのです」
エレノアはエギルの言葉を代弁するように、シルバへ伝えた。
「なるほど……ここも、例の地ということか」
「あの、どうかなされましたか……?」
真剣な表情で何かを呟くシルバだったが、エレノアは言葉が聞き取れず、不思議そうに首を傾げる。
彼はすぐにいつも通りの胡散臭い笑顔を浮かべた。
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