第21話





 今回、ハボリックが出した依頼は報酬がかなり少ない。


 その理由としては、魔物からこの無名の王国を守るというクエストなのだが、その敵の数は明確ではなく、出せる資金もあまり多くないため、Bランク程度の報酬しか提示していない。

 報酬が目的ではなく、エギルが作った王国と、彼の側にいるエレノアたちを確認しに来た、というのが目的なのだろう。

 それならなぜ、エギルがいないのに名前を隠そうとしたのか、エレノアにはそれが疑問だった。本名を名乗ることも少ないと言っていたということは、ルディアナという名前をよく使うということだろう。すると、シルバは笑いながら、




「それは教えられないな。まあ、いつか、あいつから教えてもらえばいいさ。あんたが、あいつの過去の傷を抉っても心が痛まないならな」

「それは……」

「んじゃ、明日から警備に当たらせてもらうからよ、おやすみ」




 バタンと閉ざされた扉。その扉を見つめるエレノアは、ため息をついた。




「それが答えではないですか……」




 エギルの持つ傷など、そこまで多くはないだろう。

 一番大きいのであれば、エギルを裏切ったメイドの奴隷の彼女。エギルの初恋の相手。それしかない。

 それをシルバは知ってるのだから、おそらく、傷を抉る名前というのは、彼女の名前だからだ。




「シルバさんは、その彼女の名前を使って何を……? いや、捜してるのかもしれませんね」




 名前を聞いて反応した相手から情報を得る。

 ルディアナ・モリシュエという人物がこの世界に何人もいるわけがない。であれば、捜すのはその名前を名乗るのが手っ取り早いかもしれない。




「ですが、男性が名乗るのは少し怪しまれると思うのですが」




 少し抜けた部分があるのだろうと、エレノアは笑った。

 だけどその人物の名前を知れて良かったと、そしてエレノアは、顔も知らない女性に、微かな殺意が芽生えていた。




「わたくしも、少しだけこの名前の方を捜してみましょうか」




 エギルがもう忘れた古い記憶なら別に構わない。だけど彼女が生きていて、目の前に現れるのであれば、その時は、また苦しむ可能性が出てきてしまう。




「それを阻止したい。このみんなとの幸せな時間を邪魔されたくないですから」




 エギルが作ったギルド《理想郷への道》は、苦しんだ過去を忘れて、皆で幸せになれるための家族を作ろう、という願いを込めた名だ。

 その幸せな家族に、エギルを苦しめた過去はいらない。もしもどこかで邪魔になるのなら、その時は、エレノアがエギルを救う番だ。


 エレノアは三人が待つ、エギルの部屋の前に立つと、大きく深呼吸して部屋へ入る。




「ただいま戻りました」




 部屋へと戻ると、ベッドで横になっていた三人は、不安そうな表情でエレノアに歩み寄る。




「大丈夫だった? 変なことされてない?」

「もう、セリナは心配性ですね。別に何もされてませんよ」




 安心させるように笑顔を向けるが、セリナだけではなく、サナとルナも頷いていた。




「あたしたちも心配だったんだよ!」

「そう、です……エレノアさんに何かあったらと思ったら」

「心配してくれてありがとうございます。だけど大丈夫ですから」




 そして、セリナは不安そうにエレノアの身体を見つめる。




「どこか触られてたりしてない? キスとかもされてない?」

「大丈夫ですって、わたくしがそれを許すわけないですよ」




 三人は心配してくれてるのだろう。

 そう思ったエレノアは、ベッドにダイブするなり、ドレスを脱ぎ捨て、下着姿で横になりながら、普段から使ってる枕に顔を押し当てる。




「んー、エギル様の匂いがします。……では、ちょっとだけ」




 エレノアの指が自分の股関へとスルスル伸びていく。顔を赤らめてるのは、枕に顔をうずめてもわかる。自慰行為をするのだろう。だがその手は途中で止められた。




「……あんた、何しようとしてるわけ?」

「何って、エギル様の匂いを嗅ぎながら一人でしようかと」

「ほんと馬鹿じゃないの!? エギルさんが帰ってくるまで我慢しなさいよ、というより、私たちがいる前でオナニーしないでよ!?」

「ですが、どれぐらいの期間いないかわかりませんし……。この匂いを嗅いでも、セリナは我慢できますか?」




 枕を渡すと、セリナは頬を赤く染める。




「こ、これは……」

「セリナの大好きな、エギル様のうなじ部分の匂いです。大好きですよね?」

「……うん。って、駄目よ! 私はエギルさんが帰ってきた時に、エギルさんに抱いてもらえるのを楽しみに待つから。それの方が絶対、気持ちいいもん!」




 どうやらセリナは誘惑に堪えたようだ。辛そうだが。




「それもそうですが……。はあ、では我慢しましょうか」

「まったく。じゃあほら、寝るわよ」

「あ、じゃあ、わたし、灯り消しますね」




 四人で眠るには少し広いベッド。エギルがいればもう少し狭いのだが、今は少しだけ、この広さが四人にとっては寂しかった。












 ♦










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