第2話 めんどくさい彼女
「……」
「……」
お互いに黙ってしまった。
エギルとしては、彼女がどうして会いに来てくれなかったのかを聞きたかった。
話してくれると思ったから、こうして黙った。待った。だけど、ルディアナが自分の気持ちを語ってくれることはなかった。
「……もう、どこにも行かないでくれ」
「え……?」
幼い頃の記憶だが、もしあの頃のルディアナと変わっていないのなら、きっと彼女は──自分のもとを離れることを選択する。
理由はわからない。ただ、エギルの側にいるべきだと思っていたならもっと前に会いに来ていたはず。けれどそうしなかったということは、会うべきではない、エギルとは一緒にいるべきではないと思っているということだろう。
今回の一件だって、シャルルが連れて来なければ再会することはなかった。
きっとそのまま雲隠れして、自分の功績を有耶無耶にするつもりだったのだろう。
「俺は今でもルディアナのことを愛している。だから、これからは側にいてほしい」
エギルは、はっきりとルディアナに伝えた。
彼女は驚いていたが、すぐに視線を下げ、クスッと笑った。
「他に愛してる女性がたくさんいるのに、まだ足りないの?」
甲斐性無しの男。
端から見ればそうかもしれない。
昔のエギルであれば、エレノアと愛し合った時点で他の女性には見向きもしなかっただろう。
──ここで、彼女に手を伸ばさなかっただろう。
だけどエギルは、離すまいとルディアナの体を抱きしめた。
「ああ、足りない。お前を俺の女にしたい」
「……女たらし。最低な男」
「かもな。だが、全員を愛すると約束する。だから、その……」
「あなたのハーレムに加われって?」
「うっ……そ、そうだ。お前は俺の女だ。だから、側に……いてくれ」
自分でも最低な男だとわかっている。
だけどこうでもしないと、彼女は側にいてくれない。
エギルの伝えた言葉に躊躇いや恥じらいが残っているのがわかったのか、ルディアナは腰に腕を回し、大きくため息をつく。
「似合わないんだから、無理しなくていいのに」
「無理なんて」
「でも、まあ……男らしくなったね。性格も、体付きも。だから、まあ」
段々と小さくなっていく声。
エギルがルディアナを見ると、月明かりに照らされた彼女の頬は真っ赤に染まっていた。
その表情を見て、エギルは吹き出すように笑う。
「ははっ、あははは!」
「な、なに、笑ってるの!?」
「いや、ルディアナは変わらないなって。昔から俺のことを子供扱いして大人ぶってるくせに、恥ずかしがるとすぐに顔に出る」
「そ、それは……」
「そんなルディアナが好きだ。だからこれからは、俺の側にいてくれ」
ルディアナの潤んだ瞳を見つめながら伝えると、彼女は小さな──少女のような可愛い声で「うん」と答えた。
※R-18
静まり返った城内の一室。
ルディアナは目を開けると、ゆっくりと体を起こした。
窓の外はまだ暗い。隣で横になるエギルは、疲れたのか熟睡していた。
……あの泣き虫で弱虫だった、あのエギルが。
さっきまでの情事を思い出し赤面する。
あの頃で止まっていたエギルの印象を上書きするほど、獣のような男らしい姿を見た。
何度も求められ、何度も求めた。
何度も愛され、何度も愛した。
幸せだった。
だけど、まだ満足してなかった。
ルディアナはベッドから起き上がる。
部屋のあちこちに脱ぎ散らかしたドレスを着て、エギルを見る。
咳払いもする。
こほん、こほん、って、何度も。
だけど熟睡していた彼は起きる様子はなかった。
ルディアナは、何も告げずに部屋を出た。
長い廊下を歩き、王城の出口へ向かう。
風が窓を叩くと、ルディアナは期待するような明るい表情で振り返り、そこに誰もいないとわかると寂し気な表情に戻り歩き出す。
ゆっくりと、まるで誰かを待っているように。
だけど王城の出口に着いてしまった。
月明かりを見上げ、ルディアナは足を前に出すか躊躇っていた。
「どちらに行かれるのですか?」
「──ッ!?」
ふと声をかけられた。
エレノアとセリナ、それに彼女に抱えられた白ウサギと黒猫。
なぜここにいるのかわからなかった。
「どうして、ここに……?」
「夜遊びしてました」
「え?」
「エレノアは黙ってて。それより、どこに行こうとしているんですか?」
「それは……」
「ルディアナさん、もしかして、エギルさんに何も言わず消えようとしてるんじゃないんですか?」
セリナの問いかけに、ルディアナは黙ってしまった。
「どうしてですか? エギルさんと、これからは側にいるって約束したんじゃないんですか?」
「……した。だけど私が側にいたら、昔のことを思い出してエギルを悲しませるかもしれないから」
「悲しませる? それって偽者のルディアナさんのしたことですか?」
頷くルディアナに、聞いたセリナは疑問符を頭に浮かべる。
「でも、それはもう終わったことですよね? だったらもう」
「だけど……」
「ん? んん? えっ、なんで迷ってるんですか? 別に二人の中で終わってるんだったら」
「セリナ、気付いてあげてください」
「気付くって、どういうこと、エレノア」
「ルディアナさんは単純に──エギル様に追いかけて、ずっと捕まえていてほしいのです」
「──ッ!?」
エレノアの言葉に、ルディアナは心臓を叩かれた。
「どういうこと?」
「わたくしにもよくわかりません。だけどなんとなく、ルディアナさんはエギル様の扱い方に不満があったのではないでしょうか」
「ん? んん?」
「要するに、ルディアナさんは──」
「──待って! 待って、言わないで!」
「ルディアナさんはエギル様の一番がいい、特別扱いしてくれないと納得できないような、めんどくさい女性なのです!」
「……」
「……」
「わたくしたちの後に妻として加わるのに納得していないのではないですか? 今だって、本当はエギル様が追いかけてきてくれないかってずっと待ってるんじゃないですか?」
「そ、そんなこと……」
「だったらなぜ、部屋で何度も咳払いしたり物音を立てたり、廊下をゆっくり歩いて何度も振り返ったのですか?」
「な、ななな、なんでそれを知って──」
「それに……荷物、忘れてきたんですか? 手ぶらということは、もしかしてただの散歩であって、エギル様がいないのに気付いてくれなかったら何食わぬ顔で戻るつもりでした?」
クスッと、全てを見透かしたような笑顔のエレノアに、赤面させたルディアナは興奮気味に突っかかる。
「……そうよ。別に昔のトラウマなんてもう関係ない! ただ、あなたたちの後の妻になるのが嫌なの!」
「「……」」
「だって私、幼馴染なんだよ!? 幼馴染で、お互いに初恋で、本当だったらあのまま結婚するはずだったの! なのに、なのになのに……よくわからない私の偽者が現れたとか言われて、気付いたらエギルが私の偽者に裏切られて傷心して。だったら本当のことを知らせて慰めてあげよう! そしたらもう、二人はそのまま愛し合って結婚、子供も男の子と女の子で、もしかしたら双子かも……なんて!」
「「……」」
「思っていたのに、いざ会いに行ったらエギルの側には美人な奴隷がいて。噂でも、あの弱虫で泣き虫だったエギルがいろんな女性を抱きまくってるとか聞いて。どんな泥棒猫かと思ってフェリスティナ王国の宿屋で顔を見に行ったら、まあ、綺麗だったからイラッとして。エギルも過去のこと忘れたみたいな、私のこと探そうとしてなくて……。だからそれとなく、偽者の居場所のことをあなたたちに話してエギルに追わせて。無事に解決したら、あなたたちから本物の私の話をしてくれると思ったのに!」
普段のお淑やかで落ち着いたキャラが崩壊するほどに早口な説明をすると、ルディアナは息を荒くさせて二人を見る。
「エギルの初恋は──私なの! 追ってきてほしいの、何度も耳元で側にいろって囁かれながら抱いてほしいの!」
『……めんどくさ』
「……うーん、あはは」
「……面倒くさいですね」
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