第3話 彼女たちの普通




「要するに、ルディアナさんはエギルさんに追いかけてほしかっただけで、何も言わず去ろうとしたわけじゃないってことですね」




 セリナが簡単にまとめると、ルディアナは無言の視線を向ける。




「そんなに睨んでも無駄ですよ」

「……別に睨んでないけど」

「うーん。でも良かった、部屋から何も言わず出て行ったときはびっくりしたもん」

「ですね。エギル様の悲しむ顔が目に浮かびます」

『悲しむエギルと慰めエッチしたら、めちゃくちゃにしてくれそうとか言ってたくせに』

「あら、そうでしたっけ?」

「まったくエレノアは」




 エレノアたちは安心すると王城へと戻っていく。

 その後ろ姿を目で追いながら、ルディアナは一つの疑問を口にした。




「ねえ、二人と二匹。どうして私が部屋を出たことを知っていたの?」

『「「……」」』

「部屋を出て真っすぐここまで、あなたたちの寝室を通ってもいないし、ましてや誰とも会わず、誰かの気配も感じなかったけど」

「な、なんでって、それはその……」

「でも、エギルとしてたとき……窓の外の木から、妙な視線を感じた気がしたのよね。姿は見えなかったけど、今思えば、そう……」




 ゆっくりと歩きだし、セリナの手に乗っていた黒猫を持ち上げる。




「この子にそっくりだった。もしかして、私とエギルがしてるのを覗いてたの……?」

『……にゃあ? 知らない、にゃあ』

「──覗いてたのね!?」

『もう、夜中にそんな大声出さないで。それに別に悪いことしてないから』

「え……?」




 男女の営み、それも久しぶりに再会した幼馴染の純愛で乙女ちっくな甘々な情事を覗いておいて『別に悪いことしていない』と?

 わけがわからずルディアナはエレノアを見ると、彼女は安定のにっこりとした笑顔を浮かべていた。




「エギル様とのセッ〇スは、覗き覗かれ、時には交ざられるのを覚悟しなくてはいけません」

「は、え……?」

「今回はセリナが「初めてなんだから止めてあげなって!」と必死に止めてきたので交ざりませんでしたが、見逃すのは今回だけですからね?」

『そうそう。だからそんなに怒らないでよ。ねえ?』

「ねえ」




 エレノアとエリザベスが目を合わせて「ねえ」と言う。

 言っている意味が理解できず、ルディアナはセリナを見る。彼女は申し訳なさそうに、まだ倫理観が残っている反応だった。




「えっと、なんていうかほら、全てを曝け出すみたいな。仲良し家族……ねっ!」

「なに「これは万国共通のルールだけど?」みたいに言っているの?」

「も、もちろん、わたしはこのおかしなルールなんて納得してないよ! 他にもサナとルナと、イスリファも! 華耶はまあ、そっち側だけど……」




 そっち側というのは、エレノアとフィー側ということだろう。

 まだまともな考えの女性がいるのだとホッとしたが、そうじゃないと冷静になってため息混じりに言う。




「セリナ、あなたもここに居るということは私とエギルがしていたのを知っていたのよね?」

「それは、まあ」

「その時点で同罪でしょ。って、こんなこと言っても仕方ないんでしょうけど」




 エギルと結ばれる前はそれぞれ違った個性があったのだろう。

 セリナは純粋無垢な快活な女性だったかもしてない。フィーは寡黙な少女だったかもしれない。エレノアは真面目なお姫様……いや、彼女は元からこうだろう、さすがに男ができてここまでの変態になるわけがない。素質だ、才能だ。


 エレノア以外、エギルと出会い、他のエギルと愛し合った女性たちと出会って染まっていった。

 どんな過去を抱えていたか、それは知らない。だけどこうして上手くやっている──楽しんでいるのだから、それを新入りが修正しようとするのは違う。


 郷に入っては郷に従え。

 エギルと身体を重ねた時点でルディアナも彼女たちの家族に加わることになる。であれば、自分もこれに染まらなくてはいけない。




「一つ言っておくけど、私はエギルが他の女性としてるのを見るのも、自分がしてるのを見られるのもごめんよ」




 人に見られて興奮する性癖も、好きな男が他の女性を抱いているのを見て興奮する性癖もない。

 だからはっきりと伝えておいた。だが、エレノアはまるで子供がまた馬鹿なこと言ってるよみたいな笑みを浮かべる。




「ふふっ、みんな最初はそう言うんですよね。でも、次第に興奮していくんです」

「絶対にないから安心して」

「セリナも最初はそう言ってましたが、すぐにこのプレイの虜になりましたよ。ルディアナさんも……くすっ、セリナに似てるので、きっとハマっちゃうでしょうね」

「まったく、そんなわけないでしょ」




 馬鹿馬鹿しいとルディアナはエレノアの言葉を流す。




「ちなみに、最初にエリザベスを使って覗こうと言ったのはセリナですからね」

「……」

「なっ、違うから!」

「あなたもそっち側だったのね。はあ……。いるよね、自分は悪くないみたいに言って、本当は一番の悪者のパターン」

「だ、だから、ちがっ、わたしは──」




 セリナの誤魔化しをそれぞれが無視して、ルディアナはエギルの待つ寝室へと向かう。


 今日だけは何があっても邪魔しないとエレノアたちは約束してくれた。

 エギルはすやすやと眠っている。だから起こさないよう──いや、物音を立ててみたり、少し脇腹を突っついた。




「ん、ルディアナ……?」

「ごめん、起こしちゃった?」

「いや、大丈夫。どうかしたのか?」

「え、あ……ちょっと、寒くて」

「そうか。他に掛けるものはないから、もっと近くに来るか」

「あっ、うん……」

「これで少しは温かくなればいいが」

「まだ、ちょっと寒いね。さっきは、その……すっごく、温かかったんだけど」

「……ルディアナ!」

「え、ちょっと、別にそういう意味で言ったんじゃ……んっ。も、もう、仕方ないん、だから……っ!」




 心の中で「やったあ!」と思いながらも顔には出さず、子供の頃と変わらない年上のお姉さんとして、彼の温もりを独り占めするのだった。

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