第7話 報告を終えて



「ん、帰ってきておったのか」




 エレノアたちと別れ、エギルは城内にある書庫に向かった。

 書庫といっても無数の本があるわけではない。ただゴレイアス砦になる前からあったであろう古い書物も置かれているので、ここを書庫と呼ぶようにしていた。

 なぜか窓のない作りということもあって換気ができず、いくら掃除しても紙の匂いとカビの香りが残る書庫。


 ここには書店で売っているような本もあるが、中には売り物にはならない、この地のことを記したものもある。

 筆者不明の書物。

 出発時にエギルが見たときと変わらない場所と体勢で、レヴィアはその本たちを一から順に読み漁っていた。


 変わったのは、机に乗せられた本が増えたことか。




「ああ、ついさっきな。何かわかったか?」

「いいや、何もわからぬ。そもそもこの書物の多くはエレノアが読んだ後だからのう、新しい何かがわかるわけはないのじゃ」

「必要な情報であれば俺も彼女から耳にした。それがわかっていて、どうしてここに?」

「実際にこの目で読んでみたかっただけじゃ。何か見逃しがあるやもしれぬと思ったのじゃが……」




 あの娘の言ったこと以上の重要なことは何も書かれていなかった。


 レヴィアは笑うと本を置く。




「お主の方は上手くいったようじゃな」

「ああ」




 エギルはコーネリア王国での出来事を話した。




「うむ、確かにその女の言う通り、闇ギルドがすぐにここへ攻めてくることはなさそうじゃな」

「だが、いつかはやってくるそうだ」

「それほどまでにこの地下に眠るお宝を欲しているということか。それでもこれで対抗する力は手に入れたのではないか?」

「それと、住民たちを守る手段もな」

「転移の門とカギか」




 闇ギルドの連中が攻めてくることが事前にわかれば、転移の門を使い住民たちを一時的にコーネリア王国に逃がすことができる。

 予想していなかったが、これは有難い誤算だ。




「レヴィアは転移の門、もしくはそのカギを生成するSランク冒険者の職業の力を知らないか?」

「いいや、知らぬな。そもそもその力がSランク冒険者の力かも怪しい」

「どうしてだ?」

「我やお主、他のSランク冒険者の力とも系統が異なりすぎるのじゃ。Sランク冒険者の力は”たった一人で局面を打開する力”というのが正しい。大勢の魔物を操る。大勢の死者を動かす。無数の剣を召喚する。といった力がSランク冒険者の力であって、転移の門とやらも、それを作れるカギというのも似てはおらん」




 確かにそうだな、とエギルは頷く。




「だけど、Sランク以外でこんな力は見たことがない」

「であれば職業の力ではないか……だが、そのカギに付いているのは紛れもなく聖力石じゃ。まったく無関係というけはあるまい。だったら我々の知らない未知の力、という安い言葉で今は片付けるしかあるまい」




 要するに、情報が少なすぎるということだろう。


 レヴィアは立ち上がる。




「一度、我も龍神殿に戻るとする。お主らも無事に帰ってきたしのう」

「もしかして俺がいない間、ここを守るために待っていてくれたのか?」




 屋上までレヴィアを送りながら問いかけると、彼女は「さて、どうじゃろな」すっとぼける。




「そうか。まあ、どっちにしろ助かった」

「うむ。そうじゃ。ここを離れるのも数日であろうから問題はないだろうが、ワイバーンの子をあの娘、フィーに預けたのじゃ。もし何かあれば、ワイバーンの子を飛ばして知らせてくれ」

「フィーにか。まあ、適任だな」

「……預けてすぐ、変な名前を付けていたのだけが気に食わぬがな」




 ため息混じりに言うと、レヴィアは屋上で待機していたワイバーンに乗る。

 バサバサと音を立てながら飛び上がると、あっという間に空高くまで飛んで行く。




「普通に魔物が空を飛んでいても騒ぎにならないのって、おそらくここだけだよな」




 ここに住む住人の多くが魔物のいないシュピュリール大陸からの移住者で、魔物への恐怖心を抱いている者はあまりいない。

 おそらく、九尾の親戚ぐらいにしか思っていないのだろう。

 最初の頃は不思議がって魔物を見ていたが、今ではワイバーンを見ても「今日も大きい鳥が飛んでるなー」ぐらいにしか感じず見向きもしなくなった。


 ドラゴンみたいな大きい魔物だったら、もう少し話題に上がるんだろうけど。さすがに勘弁だ。




「さて、サナとルナのところに顔を出してくるか」




 エギルはサナとルナ、それに二人の母親であるルサリアのとこへ向かった。




「エギルさん、おかえり!」

「エギルさん、おかえりなさい」

「ああ、ただいま」




 サナとルナが勢いよく抱き着いてくる。

 妹たちとも娘でもないが、シロエとクロエより少し年上な二人。




「おかえりなさいませ、エギルさん」

「ええ。ルサリアさんも元気そうで良かった」




 控えめな笑顔を浮かべたルサリア。

 顔色も良く、少し前まではベッドで横になることが多かった彼女だが、今ではすっかり歩けるようにもなっていた。


 サナとルナにもコーネリア王国で何かあったのか話した。

 二人ともエギルの話を、まるでエギルを主人公とした物語のように聞いてくれた。

 話すたびに大きなリアクションをしてくれるサナと、パチパチと何度も拍手してくれるルナ。

 そんな娘たちを眺めながら、ルサリアはずっと微笑んでいた。




「というわけで、少しだがゆっくりできそうだ」

「そうなんだ。エギルさん、ずっと忙しくしてたから良かったね」

「だな。でも、いざゆっくりと言われても何をするか迷うな」

「んー、たしかに」

「みんなは、どう、してるんですか……?」

「みんなか。何してるんだろうな」




 エレノアは事務作業してるとして、セリナもそれの手伝いか。

 フィーはペットたちと遊んで、華耶は住民区で遊んでいるだろう。

 ただ今日は帰ってきたばかりだからこんな予定だが、明日からはどうするのか。




「エギルさんも、たまにはみんなと遊んできたらいいんじゃない?」

「遊ぶ?」

「そうそう。夜の方は……その、部屋で楽しんでるけどさ。日中はみんなと一緒にいる機会あんまないじゃん?」




 顔を赤らめながらサナに言う。

 というより、ここに母親がいるんだけどそれはいいのだろうか。




「みんなと遊ぶか」




 確かに最近はあちこち飛びまわっていた。

 ここにいても王国の発展やら警戒やらで忙しくしていて、誰かと過ごすこともあまりなかった。


 いい機会かもしれない。

 闇ギルドの件でこちらから何か対処することはない。

 というより同盟を結び、親しい冒険者たちに協力を仰ぎ、考え得る対処はしてきた。


 少しばかりの平穏。

 エギルがこれまで忙しかったのと同様に、側にいてくれていた彼女たちも忙しかっただろう。

 共にゆったりとした時間を過ごすのもいいかもしれない。これからまた、忙しくなるだろうから。




「たまには、そういうのもいいかもな」

「うん! もちろん、時間があるときはあたしたちともね?」

「は、はい!」

「ああ、わかった」




 そうと決まると、エギルは少しばかりの休日を彼女たちと過ごすことを決めた。

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