第8話 セリナとプチ旅行 1




 次の日、住民区を訪れたエギル。

 少し前までは錆びれた雰囲気のあった住民区だが、少しずつ発展していき、今では湖の都から移住してくれた住民たちで活気付いていた。

 商業としての発展はまだまだではあるものの、着実に商人が訪れてくれるようになった。




「コーネリア王国で知り合った商人も足を運んでくれれば」




 もっと活気溢れた地になるだろう。

 目に見える変化に喜びを感じていると、ふと声をかけられた。




「あれ、エギルさん。珍しいですね、午前中にこの辺にいるなんて」

「本当だ、エギル様だ! え、もしかして姫様たちと喧嘩して城に居辛くなったとか……?」

「だったらすぐ謝った方がいいですよ。あんなに強かな女性たちが連携したら、いくらエギルさんでも……」

「おい、勝手に話を進めるな」




 明るい時間帯にエギルが来たことを不思議がった住民たちが集まり勝手に話を進めていく。




「俺がここへ来るの、そんなに珍しいか?」




 そう問いかけると、住民たちが揃って頷く。




「……そうか」

「だってエギルさん、いつも夜しか来てくれないじゃないですか」

「そうそう。来ても冒険者さんたちと呑んでばっかだから」

「言われてみれば、まあ」

「エレノア様たちは住民区によくいらっしゃってくださいますよ?」

「そうそう、あのフィーさんでさえ、たまにペットたちのおやつを買いに来てくれます」




 フィーの印象が住民たちからも少しずつ悪化している気がするが、本性がバレたということだろう。

 そんなことを笑いながら言えるのもこの地が過ごしやすく、エギルやフィーたちと話しやすい関係を築いているというべきか。


 ……そう、ポジティブに考えよう。




「ところで、ゲッセンドルフたちいるか?」

「冒険者さんたち? そういえば、何日か前から見てないな……」

「冒険者さんたちなら、エギルさんから報せを受けてすぐ、なんかクエストがあるからって言って出て行きましたよ」




 報せというのは、コーネリア王国を出る直前にフィーへ伝えたことの話しだろう。

 エギルたちが戻るまでここで待って、帰ってくることがわかるとクエストで出たのか。


 顔に似合わず真面目で慎重な性格のゲッセンドルフのことなら、エギルが帰るまで待っていそうだが……。




「何のクエストか聞いたか?」

「そこまでは聞いてないですね。ハボリックさんなら知ってるかも」

「いや、あいつも出掛けてるからな……。まあ、わかった。ありがとう」




 帰るまで待っていられなかったということは、それほど重要なクエストなのだろう。帰ってきたら何のクエストか聞いてみるか。


 だが、初日から予定が狂った。

 ゲッセンドルフたちと今回の件を話して今後のことを相談しようと思ったのだが。




「それに、頼んでいたフェリスティナ王国の件も」




 出発前にゲッセンドルフへ頼んでいた調べ物。

 さすがに頼んでからの期間が短すぎるから進展はないだろうが、何かしらの話しは聞けるかもと思っていた。


 さて、どうするか。


 そんなことを考えていると、




「あれ、エギルさん!」




 振り返ると、そこにはセリナが。

 いつものドレス姿とは違う、動きやすい冒険者としての恰好の彼女。




「何処かへ出掛ける予定だったのか?」

「農作業の用具を買いにリーザ村に。あっ、お昼過ぎには帰ってくる予定なので安心してください」

「リーザ村か」




 リーザ村は馬車で一時間ほどの距離にある小さな村だ。

 住民はそこまでいないが、綺麗な花で彩られた村ということもあって観光客も少なくはない。

 比較的に魔物が寄り付かない村ではあるが、道中で魔物に出会わないわけではない。

 だからいつものドレス姿ではないのだろう。




「俺も付いて行っていいか?」

「えっ、エギルさんもですか!? も、もちろん、一緒に来てくれるのは嬉しいです!」

「ん、何かあるのか?」




 いつもなら「やったー!」と喜んでくれそうだが、少し動揺していた。




「いえいえ、なんでもないです! でも、いいんですか?」

「今日はやることないからな。セリナさえ良ければだが」

「もちろん、はい!」




 それから、エギルたちは馬車に乗ってヴォルツ王国を出た。

 運転席に座るエギルとセリナ。

 くっついて座るセリナは嬉しそうにしていた。




「なんか、こうして二人で出掛けるの久しぶり……。もしかしたら、初めてかもですね」

「そういえばそうだな。いつもみんながいたから」

「こういうの、なんかいいですね。プチ旅行みたいで」




 普通の恋人なら、こういうこともよくさせられるのだが。

 申し訳なさから一瞬だけ返事が遅れると、セリナは知ってか知らずか話題を変える。




「あっ、そういえばルディアナさんも畑仕事手伝ってくれるって言ってました!」

「ルディアナが?」

「王城に一人でいても暇らしいです。それにメイド時代に畑とかお花の手入れの仕事もしてたそうなので。たぶん何かしてた方が楽なんだと思います」

「なるほどな。二人とも、仲良くなるの意外に早かったな」

「仲良い、というか、わたしが勝手にウザ絡みしてるだけですけど」

「それでも、ルディアナからしたら話しかけてくれるのは有難いんじゃないか」

「だったらいいんですけど」




 セリナはエギルの腕をぎゅーっと掴む。




「あーあ、また一人敵が増えちゃいました!」

「敵?」

「敵です! エギルさんを狙う敵!」

「それは……リアクションに困るな」

「知ってます。わかってて言いましたから。でも、あれですね。今日は誰もいないから、エギルさんのこと……一人占めできますね」




 セリナの赤らめた顔が、ゆっくりと近付く。

 唇が触れ合う瞬間、ピタッと止め、彼女はエギルを見つめて言う。




「今日は、その……お昼過ぎには帰ろうかなって思ってたんですけど、少し……いや、いっぱい遅れても、いいですよね」

「今日の俺はセリナの荷物持ちだからな。好きなだけ付き合うぞ」

「やった……じゃ、じゃあ」




 唇が触れ合うと、セリナの手がエギルの太股を撫でた。

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