第9話 セリナとプチ旅行 2
お昼前。
リーザ村に到着した二人は馬車から降りる。
住民も少なく静かな村。到着するなり目に入ったのは色鮮やかな花々だった。
離れて点在する家屋に、子供たちが水遊びしている湖。家屋の側には畑があり、道の至るところに花々が咲く。
そこまで発展している感じではないので、ここは住むところというよりも、自然やゆったりとした時間を楽しむのに適した場所といえる。
「初めて来たが、こういう感じなんだな」
「エギルさんでも来たことない場所あるんですね」
「こういう場所は、あまり冒険者向きじゃないからな」
むさ苦しい筋肉質な男冒険者だけで花を見に……なんて、今までのエギルではありえない。
「あれ、ほとんど観光で来た人なんですかね」
家屋の側で畑仕事をしている者もいるが、目に見える人のほとんどが自然を楽しんでいた。
男だけとかはなく、男女セットが基本だ。
昼前だというのにべったりくっ付き、そういう場所だと理解した。
「わたしたちも、その……」
セリナがエギルの腕にしがみつく。
頬を赤く染め、雰囲気に当てられたのだろう。
「少し見て行くか」
「はい!」
若い男女がするデートなんて、二人はしたことがない。
「こういう場所で、人前で腕を組んで歩くのは少し照れるな」
「ですね。いつもは他にも誰かしらいますから。ほんと、不思議ですね。あんなこと、いっぱいしてるのに」
「ん、あんなこと?」
「あんなことはあんなことです! もう、わかってるくせに……」
裸で体を重ねるくせにデートらしいデートは初めてなのがおかしいのだろう。
二人は他のカップルと同じように、村の入口からゆっくりと花たちを見て歩く。
どの花が好きか。
から始まり、
二人が出会う前の話をする。
エギルとセリナが出会う前の、彼女の故郷での話し。
「それで、朝から晩までずーっと、畑仕事か家畜の世話ばかで、あっ、あと妹たちの遊び相手もです」
「なるほどな。セリナの故郷もこんな感じだったのか?」
「いえ、全然! リーザ村は観光客が来るのでそれ用の花の育て方ですけど、うちのところは食べるため、暮らすためでしたから。綺麗な花……とかより、お腹が膨れるのばっかりでした」
「なるほどな。じゃあ──」
「──おっ、そこのお似合いなお二人さん!」
花を眺めながら話していると、ふと声をかけられた。
どうやら観光客ではなく家の前で出店を開いていたここの住民らしい。
「わたしたちですか?」
「そうそう! 良かったら見て行ってよ!」
エギルだけだったら、こんな風なあからさまな呼び込みされないし、乗ったりもしないのだが。
「お似合いな、二人……ふふん、見て行きましょうか」
「ん、ああ」
お似合いと言われて喜ぶセリナ。
たまにはこういうのもいいだろう。
そう思い、二人は出店の商品を見る。
食べ歩きに適した料理から、花で作られた小物にお土産用の造花。
店主は、エギルとお似合いだと言えばセリナが上機嫌になると理解したのか、何度も何度も「お似合いですね!」とか「ご夫婦ですか?」とか口にする。
根端が見え見えだが、当の本人は気付いていない。
「えっ。夫婦に見えちゃいます……?」
「見えます見えます! お似合いですからねえ!」
「そうですか? お似合い、ですよねぇ!」
「はい! そんなお似合いのお二人にはこれ!」
心配になるほどの綺麗な騙され方だが、セリナも嬉しそうだから口を挟まなかった。
次々にいろんなモノを買わされているのが気になるが……。
「ありがとうございました、またお願いします!」
「はーい! えへへ、いいお買い物しましたね!」
「そうだな」
帰った後、エレノアには見透かされて「良かったですね」とか言われ、華耶とフィーには「セリナって、ほんとちょろいよね」と鼻で笑われそうだ。
まあ、この笑顔を見れたなら、これぐらいの出費……。
「おや、そこのお似合いなお二人さん!」
「……」
店を離れてすぐ、今度は女性に声をかけられた。
まさかと思って振り返ると、さっき話した店主が身振り手振りで他の出店に何かを伝えていた。
……ちょろいカモが来たぞ!
と、言われている気がした。
「もしかして、わたしたちですか……!?」
「他に誰がいるの! 美男美女、お似合いじゃないのよお!」
「えへへ、そうですか?」
餌で吊られるように、エギルの腕を組むセリナがお店へ引き寄せられる。
さっきとは違う商品を、過剰すぎるお世辞を乗せて売り込む店主。
セリナも「あんまり無駄遣いするのは……」と少し警戒していたが、そこは観光客相手に商売していた店主、セリナに正常な判断をさせないよう呼吸する間もなく売り込みを続ける。
「まいどありー!」
「すみません、また買っちゃいました」
「いや、気にするな」
「もう買いません! 今日は農作業の用具を買いに──」
「──そこのお似合いなお二人さん、ちょっと見て行って!」
話しの最中に新しいお店に呼びこまれた。
だが、
「す、すみません、もう」
「……旦那さん! 旦那さん、ちょっと」
「俺か?」
今度はなぜか、エギルだけが呼ばれた。
不思議そうにしているセリナを待たせ向かうと、店主が小さな声で言う。
「旦那さん、これ……どうです?」
「これ?」
「あれ、もしかして知りません? これ、この村で製造している貴重な媚薬でしてね……」
手の平サイズの香水みたいなモノを渡された。
媚薬というのはさすがのエギルでも知っている。
エレノアが何処かから調達してきたことがあったからだ。
けれど、この色は初めてだ。ビンの中に薄紫色の液体が入った媚薬。
「媚薬って、興奮状態にする薬だろ?」
「一般的なモノはそうです。ただこの媚薬は男性用なんです。これを飲めば、あそこはもう……」
腕にグッと力を込める店主。
それを冷ややかな目で見るエギル。
「いや、別に俺には不要だが」
「夜の営みで困りごととかありません? 今日は力が入らないな……みたいな」
「いや、別に」
「ほお、さすが旦那さん! 腕っぷしだけでなく夜の方も最強とは、いやはや……。でも、これを飲めばいつも以上に凄くなれますよ! 全身から汗が噴き出し、雄汁の匂いだけで女性がクラクラするんです!」
「匂いだけで?」
匂い、という言葉には惹かれた。
「ええ、そうですそうです! 普段と全く違う体験をぜひ、ねっ? ねっ? ねえ?」
店主の強引な押しに、エギルは大きくため息をつく。
アソコがギンギンになるというのには別に困っていないが、匂いがどうのというのは、セリナと一緒にいるからか興味はあった。
値段を聞くが、そこそこの金額。
エギルは少し考えてから「わかった」と購入した。
「まいどありー!」
「セリナのことを笑えないな、まったく」
こんな簡単に買わされてしまうなんて。
戻ったとき、セリナに笑われないだろうか心配になったが。
「あっ、お、おかえりなさい、エギルさん!」
「ん、ああ……って、何か買ったのか?」
「え、あ、いえ、これは」
さっきまでは持っていなかった紙袋を手にしていたセリナ。
慌てて後ろに隠すが、どう考えても怪しい。
「セリナ、それ」
「エギルさんこそ、な、なに買ったんですか!?」
「俺のは別に」
「えー、なんですか!? 気になるなあ!」
声量と勢いで誤魔化そうとするセリナ。
別にエギルは媚薬を見せてもいいが、セリナが隠したので隠すことにした。
それから二人は花々を眺め、食事を済ませ、買い物を続ける。
時間も予定だった昼頃には帰るというのを過ぎ、リーザ村を出発したのは昼過ぎになってしまった。
それでも夜までには帰れる。
そのはずだったんだが。
「雨、止みませんね」
「そうだな」
馬車を走らせてすぐ、嵐のように雨が振り出した。
まだお昼過ぎだというのに雨雲のせいか少し薄暗い。
このまま馬車を走らせてもいいが、雨も風も強いため、このまま一時間走り続けるのは馬が危険だと思い少し待つことにした。
大木の側に寄せた荷馬車。
布で覆われた荷台は薄暗く、明かりは蝋燭のみ。
荷台に座る二人はタオルで体を拭く。
「通り雨だろうから、すぐに止むだろう」
「はい」
「寒くないか?」
蠟燭のような小さな火であれば問題無いが、荷台で焚火は難しい。かといって外に出ても雨風をしのげる場所がない。
服が濡れて少しだけ肌寒いが、セリナは心配かけまいとすぐに笑顔を浮かべた。
「はい、大丈夫です! あっ……」
濡れた髪を乾かしていたセリナと目が合う。
彼女は頬を赤く染め、視線を横に向ける。
「寒い、かもしれないです。このままだと、風邪……引いちゃう」
「セリナ?」
「でも、荷台だと火も使えないから、えっと、えっと……温かくする方法って、その」
セリナは、エギルの太股に手を乗せた。
※あけましておめでとうございます!!
今日からまた更新再開しますので、よろしくお願いします!
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