第6話 疑心とえっち




「誰かが、この扉から城内に侵入してくるかもって考えているのか?」




 誰か、なんて曖昧な言い方をしてしまったが、もし侵入してくるとすれば二本しかないとされるカギの片割れを持っているシルバしかいない。

 エギルの顔を見たくて会いに来た……であれば塞ごうとは考えない。塞ごうと考えるということは、エレノアはシルバに少なからずの敵対心を持っているということだろう。違うとしても、完全には信頼していない。




「すみません。可能性としてはあるかなと思いました」

「謝らなくてもいい」




 エギルはシルバを疑わない。

 だから代わりにエレノアが心配して、疑う。

 それを咎める気はない。エギル自身、シルバに対して疑問がないとは思っていない。


 が、尊敬する師のような存在であり、あの生きる希望を失った自分を救ってくれた存在を疑いたくはない。




「そうだな、誰かがここからやってくるかもしれないという疑念を持ったまま過ごすのも嫌だし、念のため封鎖しよう。そもそもシンシアはカギが二本しかないと言っていたが、それもシルバから聞いた話であって確かかどうかわからない」

「ええ。二本目を生成できるのであれば、三本目を生成できる可能性は十分あります」

「でも、エギルさん。これって引き戸ですよね? どうやって塞ぐんですか?」




 セリナに言われ考えていると、ルディアナが腕を組みながら言う。




「引き戸だとしても、周囲に大きい物を置いておけばいいんじゃない? 根本的な扉と同じで、手前側の方向に出ることしかできないんだもの。エレノア、カギを持って向こうに行ってくれる?」

「はい、わかりました」




 エレノアが転移の門の先に向かい、消えるのを待つ。

 エギルはルディアナに指示されベッドやタンスといった大きな物を入口の前に置いていく。


 それから少し経ち、転移の門が開かれると、




「目の前が真っ暗で入れません!」

「これで問題ないんじゃない? もちろん、こんなモノで入口を塞いでも無駄だと思うけど」

「じゃあじゃあ、目の前に剣とか槍とか置いておくとかは!?」

「……セリナ、相手が敵じゃなかったらどうするの」

「じゃあ、フィーは他になんかいい方法ある?」

「知らない」




 フィーがエリザベスたちに必要以上のエサをやりながら言う。

 セリナが「何よ、もう!」とぷんすかしているのを見て、華耶がベッドに座りながらエギルを見る。




「どう塞いでも扉ができちゃうなら、通行止めにしるのは無理じゃない? 向こうはSランク冒険者、どんな鋼鉄だってしゅぱーんって斬っちゃうんでしょ?」

「だろうな。だが物音はする」

「だったら物音がしたらここへ急いでくる。敵対心が無いならそこから対話で問題ないでしょ?」

「そうだな。後で俺の方で何か置いておく」




 無駄な対処で終わればいい。

 もしシルバが来て「おーい、なんだよこれ!」って笑って終わってくれたらいい。


 これはエギルたち全員が安心するための対処だから。




「ですね! じゃあ戻りましょうか。あっ、エギルさん、ルディアナさんの部屋は適当な空いてるとこでいいですか?」

「適当なとこじゃなくて、エギルの寝室の隣か、すぐ近く。そもそも同じ部屋でも──」

「──わかりました、じゃあ一番遠い端の部屋にしますね!」

「……ちっ」

「こら、フィーちゃん。この子たちにそんな量のエサあげたら、お腹パンパンになって苦しいでしょ」

「ダメ。向こうでセリナ、全然ご飯あげてくれなかった。だからそれまでの分も、今……」

「フィーちゃん、エリザベスが涙目になってる! もう行くわよ」


「あ、あの……」




 各々が部屋を出て行くと、タンスの奥から声がした。




「わたくしのこと、忘れてませんか……? もう実験は終わったのですよね、ねえ?」




 エギルは大きくため息をつき、ベッドとタンスをどかしていく。




「おかえり、エレノア」

「最近、わたくしへの対応がどんどん雑になってませんか? コーネリア王国での一件で、みなさんに王女としての威厳を見せられたと思っていたのですが」

「まあ、見せれてはいたかもな。だけどエレノアは、イジりがいのあるタイプだとみんなに認識されてるから変わらないんじゃないか?」

「まったくもう。ですが……」




 頬を膨らませるエレノアはエギルの腕を組む。




「エギル様も、わたくしのことイジメがいのあるタイプだと思ってますか?」

「イジメがいじゃなく、イジりがいだが」

「一緒です。それで、わたくしのことイジメて、興奮するのですか……?」

「そんなの、聞かなくてもわかってるだろ」

「わかりません。実際に言葉で……いいえ、身体で教えてくれないと」




 エレノアの右手がエギルの分厚い胸板を優しく撫でる。

 サナとルナ、それにレヴィアに会いに行こうとしていたのだが、こうやって誘われると……。




「じゃあ」

「はい、ではこのまま、このベッドで──」

「──ごめん、エレノア。忘れてた!」




 二人が見つめ合ってお互いを求めようとした瞬間、タイミングを見計らっていたかのように扉が開かれる。




「もう、セリナ! せっかくいいとこだったのに!」

「ふふん、あんたの考えなんてお見通しよ。ほら、とっとと来なさい! フィーと華耶がサボって放置してた書類がたんまり残ってるんだって!」

「えっ、それ、わたくし関係ないですよね? ……もう、エギル様、助けてください!」




 セリナに連れて行かれるエレノアを見送る。


 闇ギルドが動きをみせるまでの数日、エギルたちは安寧の休日を楽しむのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る