第5話 同盟関係




「シンシアは神の湖のこと、詳しく知っているのか?」




 エギルが問いかけると彼女はすぐに首を左右に振った。




「いや、詳しくは知らない。実際にこの目で見たわけではないからな。だが、噂ならよく聞く。神の湖は透き通った水でできているや、温泉のように熱く無限に沸き続けているだとか。実際には誰も実物を見たことがないから、冒険者となった頃から無数の噂を聞く」

「そうだな。知っているのは神教団の連中だけ……」

「そもそも数年前まで私も、他の有力な冒険者たちも神の湖の存在を信じていなかった。神教団の連中が言いふらしているだけで、実際そこには湖ではなく他の何かがあるんじゃないか、と……。まるで世界中を旅した海賊が集めたお宝、それが隠された宝の地図だけを渡されたかのようだ。実際は誰も目にしていない、実在するのかも不明なのに、噂と期待だけがどんどん大きくなっていく」




 だが、とシンシアはエギルを見る。




「お前のとこに神の湖は実在した。実際に目にしていなくとも、実在することを周りの連中の反応が証明してくれた」

「ああ。ここまで狙われて、神の湖は無かった……とはいかないだろうな」

「それで、神教団の守護者である女を手籠めにして実際に目にしたのか、神の湖を」

「いや、目にはしていない。その前に俺たちは進むことを止めた」

「……止めた? どういうことだ?」




 エギルはシンシアに神の湖へと続く地下通路であった出来事を説明した。

 真っ暗な道で、正体不明の何かに襲われ、身の危険を感じて引き返した。

 それも世間一般での神の湖と同じく、実際に目にしてはいない事象であって、エギルの感覚での説明なので完璧に伝えられることは難しい。


 ただ、エギルが”進むのは無理だと直感で感じた”ということは伝わったはずだ。




「なるほど。神の湖に、謎の魔物……いや、化け物か。そのレヴィアという女が言う通りであれば」

「レヴィアの力で対話ができなかったということで、彼女が言うには魔物ではない別の何かだということらしい。実際に目にしていないから不明だが」

「そうか。であれば、時間があるときに私も行ってみよう。お前ともう一人Sランク冒険者が相対す以前に危険を感じたということは、私が行っても何の解決にはならないだろうがな」




 ふっ、と鼻で笑う。

 それでも、話で聞くだけよりも実際に体験した方がいいと思ったのだろう。




「ああ。だが、神の湖の扉を開けることができるイスリファは今、エズリア大陸に帰ってる」

「なんだ、もう愛想を尽かされて実家に帰られたのか?」

「そういうわけじゃない。ただ父親に話を聞きに帰っただけだ」

「ははっ、冗談だ。だが、果たして簡単に話を聞けるだろうか……」




 一般人が冒険者の常識を全て知っているわけではないのと同じように、一般人は神教団のことを何も知らない。

 いくら家族だからといって、話を聞けるかは微妙だ。だからこそ、こうして今までイスリファは何も知らされていなかったのだから。




「お前は神教団の連中と話したことあるか?」

「あまりないな。ちゃんとした会話となると、イスリファが初めてだろう」

「連中は自分らのことを神教団と名乗ってはいるが、実際には何も知らされていない寄せ集めの集団だ。前に神の湖が気になったとき、何人か神教団の連中を捕まえて吐かせようとしたが……誰も吐かなかった」

「神への忠誠心が高いからか?」

「いや、本当に何も知らないといった感じだった。世界中の神の湖の在処も、神の湖とはなんなのか、どんな姿をしているのかさえもだ。守護者になりたてというその女であっても知らされないということは、本当に神教団の上に立つほんの数名しか知らないのだろう。今さら父親に会いに行って教えてもらえるとは思えないな」

「かもな。だが、どちらにしろ何も知らない状況で、得られる手段としてあるならイスリファを頼るしかない」

「そうだな。とりあえず神の湖に関してはお互いが認識していること以上は不明ということか」




 シンシアは立ち上がる。




「そろそろ我々は帰るとする」




 シンシアに付き添い、シャルルも彼女の後を歩く。




「何かあったら誰でもいい、転移の門を使って我々に会いに来てくれ。可能な限り力を貸そう。それがこの先のためだからな」

「アルマ、あの筋肉に何かされたらすぐ言うにゃ! すぐににゃあが八つ裂きにしてやるにゃん!」

「はいはい。二人とも、気を付けてね」

「お前もな。では」

「ばいばいにゃ、アルマとエレノア、あとその他」




 シンシアとシャルルが去っていく。


 この先のため、か……。

 それはきっと、育ての親であるシルバの件を言っているのだろう。

 コーネリア王国だけでなくシンシア率いる鮮血の鎖が手を貸してくれるのは有難いが、同時にその先──シンシアが考える”その先”が実際に起きた時、エギルたちも手を貸す必要がある。


 いつになったらゆっくりできるのか。

 冒険者だった頃の気楽な人生が懐かしい。

 あれからまだ、一年も経っていないのか。




「まだまだ忙しいな」

「ですが、闇ギルドが動くまで少し休めますね」




 エレノアに言われ、それもそうだな、とエギルは頷く。



 ──それからエギルたちは転移の門でヴォルツ王国へと帰った。

 使うまでは本当にこれで帰れるのか不安だったが、無事にヴォルツ王国の一室に到着した。




「おかえり」

「あら、ホントに何もないところから出てきた。便利な力ね、その転移の門とカギって」




 王城内の一室に出ると、フィーと華耶がベッドに座っていた。




「ああ、二人ともただいま。どうやら戻ってこれたようだな」

「なんか、変な感覚。さっきまでコーネリア王国にいたのに、もうお家に帰ってきちゃった」




 セリナが疲れたと大きく息を吐く。

 そこまで広くない狭い部屋にここまでの大人数が揃うのは珍しい。


 エリザベスとフェンリルが主であるフィーへ駆け出し、遠慮した様子のルディアナに華耶が近付き挨拶をする。

 そして最後に出てきたエレノアは、開いたままの扉を正面、左右、後ろから眺める。




「どうかしたのか、エレノア?」

「いえ、どうやってこの扉を塞ごうかと考えてまして」

「塞ぐ?」




 エギルは瞬時に頭が回らなかった。

 だがエレノアの考えていることを理解した。

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